「自分たちなら上場できると信じていた」

宮崎県都城市。この人口16万人の小さな都市で、東証マザーズ上場を果たした企業がある。不動産業界に特化したITソリューションの開発・提供を手がける、日本情報クリエイトだ。今年創業27年目を迎え、業績は堅実に右肩上がりを続けている同社を率いるのは、都城のすぐ隣町、鹿児島県曽於市財部町出身の米津健一氏。図書営業や車工場での勤務を経て、独学でITの世界へ飛び込み、その後、都城で独立、順調に事業を拡大させてきた。浮き沈みの激しいIT業界、しかも都城という小都市で、いかに生き抜き、上場にまで至ったのか。「自分たちなら上場できると信じていた」と語る米津氏に話を聞いた。

努力をすれば、どんな場所であっても成長を遂げられる

米津氏は苦労の人だ。福岡県の高校を卒業後、就職した愛知県の自動車関連会社では工場に勤務、文字通り馬車馬のように働いた。3日間人と一切会話をしなかったり、2ヶ月間文字すら書かず目の前の作業をするだけ…そんな極めて没交渉な生活がただ漫然と続いた。「このままでは成長しないまま年齡を重ねるだけだ」と悟り、19歳の米津青年は宮崎へと帰郷する。

将来的な起業を見据え、そのためには営業職のスキルを身につける必要があると考え、入社した図書販売会社で営業マンとして新たなスタートを切った。教育機関や医療機関など、さまざまな施設をまわるなど、営業のスキルを磨く毎日。そんなある日、たまたま立ち寄った書店で、一冊の書籍に目がとまった――当時はまだ一般的ではなかったパソコンに関する本――この本との出会いが、米津氏の未来を変えた。直感的に「これからのビジネスはこれだ。これなら自分も戦っていける」と確信し、パソコンに関するありとあらゆる情報を掻き集め、独学でプログラミングをマスターした。

さらなる転機は22歳のときに訪れる。長崎の測量系ソフトウェア企業への就職だ。社員3名の小さな企業だったが、その後6年で60名の社員を抱えるまでに成長し、米津氏も営業担当として、また創業者の右腕として同社を牽引。ひたむきに努力をすれば、自分も会社も、どんな場所であっても成長を遂げられる。同社での体験は彼にとって大きな財産となった。一方、このまま同じ会社で働き続けることに疑問を持つようにもなる。

「たしかに会社は成長をしたし、自分自身も会社や社長に恩を感じていました。しかし、その反面、(会社の取引先である)測量企業とのビジネスに、ある種の限界を感じていたんです」

事実、全国で1,700社程度しかない“狭い業界”で、同社の取り引き先はすでに1,000社を越えていた。しかも販売していたものは「売り切りのソフト」。一度販売してしまえば基本、売上は上がらず、自ずと“伸びしろ”がさほどないこともわかっていた。これ以上の成長は難しい…であれば、自分自身で起業するしかない。男31歳、覚悟を決めた。

「問題はなにをやるか、でした。私は常々“負け戦はしたくない”、と思ってここまでやってきました。どうしたら勝てるのか、あの頃は毎日そのことばかり考えていたように思います。当時、インターネットが登場し、様々なテクノロジーが急激に進化するタイミングでもありました。技術の範囲はこれからどんどん広がっていくことはわかっていた。うまくやれば勝てる、という感覚はありました」

1994年、都城市でソフトウェアメーカーとして創業。その翌年、マイクロソフトがWindows 3.1の後継としてWindows95を発売すると、それまでまだまだ一般的に普及していなかったPCやインターネットが日本でも爆発的に浸透することになる。ソフトウェア業界でも、「Windows95を抜きにして企業情報システムを語ることは今後難しくなる」と言われるほどの衝撃だった。この新しいテクノロジーを使って、新たな市場を開拓すれば勝機は見えてくるはず、米津氏はそう考えた。

そこで彼が狙ったのは、全くの門外漢であった不動産業界だった。

「これだけ大きな市場でありながら、そしてITで解決できることがものすごくあるのに、誰もそこには手を出していなかった。それまで不動産業界に関わったことはないし、なにもわかってはいなかったけど、私にはブルーオーシャンにしか見えませんでした」

創業から1年後の1995年5月に不動産管理システムの開発へ着手、不動産業界に特化したソリューションの提供を開始した。米津氏の見立てが間違っていなかったことは、その後四半世紀に及ぶ同社の成長が物語っている。98年に東京営業所を開設すると、大阪、福岡、仙台、広島など日本各地に計11箇所の営業所を開設していった。2017年には、地域経済に寄与する成長期待企業として「宮崎県成長期待企業」に認定。設立か27年目を迎え、同社の不動産システムを導入している企業は6,000社以上にものぼり、業界でもトップクスのシェアを誇っている。クライアントは町の小さな不動産会社から、大手不動産企業まで幅広いことに加え、その実績から業務提携オファーも多く、事業拡大へ向けますます邁進中だ。

「みんなでHAPPYになろう」が合言葉

日本情報クリエイトのオフィスは、どのフロアも明るく開放的な雰囲気だ。特に全フロアの空間を縦につなげた吹き抜けの中央階段が、部署関係なくコミュニケーションを取れる、風通しのよい社風に貢献しているように思える。

インタビューに同席した社員のリラックスした佇まいに、社長の人柄を伺うと「みんなで取り組もう、という空気を作ってくださる方です」と返ってきた。同社の行動指針を表すクレドカードの表紙には、「みんなでHAPPYになろう」という文字が書き込まれている。

多少の偏見もあるかもしれないが、ローカルに限らず中小企業は敏腕創業者によるワンマン経営のケースが多い。そして社員にとって創業者は良くも悪くも、近寄りがたい存在であることも珍しくないが、同社の社員と社長のちょっとしたコミュニケーションを見る限り、そうした“壁”を感じない。そして、なにより「自分たちなら上場できると信じていた」という米津氏の言葉。彼が会社を語るときの主語はあくまで“We”だ。そして言葉の端々から、創業者である自分だけがHAPPYになろうとしているわけではないことが感じられる。

「私は昔から『みんなで何かを成し遂げたい』という気持ちが強いんです。学生の頃にスポーツをしていたことも大きな理由だと思います。中学時代は卓球部の部長をしていて、県でシングルス1位になったこともあって。高校はスポーツ推薦で福岡に行き、高校3年間、卓球にすべてを捧げました。でも最後の最後でレギュラーを外れてしまい…思えば、それが人生最初の挫折だったかもしれません。いずれにせよ、みんなで力を合わせて、みんなでHAPPYになりたい、という現在の企業理念は、そういう私自身の経験から生まれているものだと思います」

みんなでHAPPYに、の「みんな」に含まれているのはもちろん従業員だけではない。取引先、地域社会、不動産を利用するユーザー、それぞれがHAPPYになることを目指している。その想いは、サービス内容にも反映されている。

たとえば2013年にリリースした業者間物件流通サービス『不動産BB』。業者間で物件情報を共有できるようにすることで、消費者にフラットな情報を届けることを可能にした。ユーザビリティを高めて、不動産取引がスムーズになれば、「みんな」がHAPPYになれる、というわけだ。

「今後は、不動産の契約から家賃保証、保険までをワンストップで受けられるプラットフォームを作りあげたいと考えています。不動産業界も、消費者のニーズに沿って変化せざるを得ない時代が来ています。物件を買いに来るお客様は“夢”を持って買いにくるわけですよね。行った不動産屋によって得られる情報が変わってくるなんて、よくないじゃないですか。まだインターネットを介して見られる物件が限られているので、どうにかその現状を打開したい。弊社のサービスで業者同士が繋がり物件の流れが良くなれば、不動産業界にとってもプラスに働くし、業界が潤うと弊社のビジネスも潤滑に回っていく…そんな好循環が生まれるものだと考えています。今はまだ情報整備の段階ですが、PCひとつで必要な情報が出てくる状態を作ることで、不動産取引をスムーズにしたいですね」

上場の最大の目的は、この地域に「みんなで頑張れる」強い組織を創るため

創業26年、「みんな」で掴んだ東証マザーズ上場。しかし、同社は2006年にも上場を志したタイミングがあった。世は“ITバブル”。「この波に乗ればいけるんじゃないかと甘く考えていた部分もあった」と米津氏も振り返るように、上場は断念した。その後もタイミングを伺うなか、2008年のリーマンショックもあり、上場の道は一旦諦めることに。

「今から10年以上の前の話ですが、それ以降も『みんなで頑張れる』強い組織を創るために必ず上場を果たす、という想いはずっと持っていました。組織としての強度が高ければ、能力の高い、新しい仲間も集まりやすいでしょうし、上場企業に勤めているということが社員のステータスにもなる。今後の会社の運営を考えると、自分たちにとっては必要な挑戦であると考えていました」

この街を拠点に全国展開してきたこの企業、地域社会にも貢献していきたい。
そんな想いから、長い年月をかけて日本情報クリエイトを上場企業にまで成長させた米津氏。ITで勝負するのであれば、おそらく都城以外の選択肢もあったはず。そんな疑問をぶつけると、「私に東京なんて、ちょっと似合わないでしょ?」とはぐらかされてしまったが、実際にこれまで、東京に拠点を移してはどうかという誘いはあったそう。しかし、現在も米津氏は都城を拠点に勝負し続けている。

「企業文化がしっかり育ち、ひいては弊社があることで、地域が元気になるという循環が作れると嬉しいです。野望を持つ若者にとっても、私たちが一つのモデルケースのようになるといいかな。ローカルからでも、行けるんだぞって(笑)。上場することで今後もし影響力が増すのであれば、私たちがきちんと社会貢献を意識して取り組んでいくことで、地域の活性化に貢献していきたいですね。私も起業するまでいくつかの仕事を経験してきましたが、やはり挫折することもありました。どうしても自分一人でできることって、限られると思うんです。だから上場は、苦労しながらでも、少しずつ仲間を増やしていった成果かな。悪いことしてでも儲かろうなんて人間にはもちろん誰もついてこないですし、関わる人みんなをHAPPYにしたいって思っちゃいます。反対に、自分が幸せならいいという人とは、仕事したくないですもんね(笑)」

「みんなでHAPPYになろう」――そんなシンプルな同社のミッションは、企業としての成長だけにとどまらず「いかに地域へ貢献することができるか」という社会貢献の域にまで来ている。そして米津氏が若かりし頃「ローカルからでも、全国の市場で戦ってやる」と決意し堅実に育ててきた組織は、実際に社会や地域の模範となりうる企業へと成長を遂げた。IターンやUターンを決めた若者たちにとっては充分な受け皿に。そして同じ都城で夢を追う若者たちにとっても、新たな“成功のモデルケース“となっていくに違いない。

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都城でマザーズ上場 “みんなでHAPPY”を掲げる不動産系IT企業・日本情報クリエイト

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