我が国の過疎化は年々加速しており、バス・電車など公共交通機関の廃線による「交通空白地帯」も増え続けている。このような地域でのQOLの維持・向上のために、そしてさらなる過疎地域の増加を抑制するためにも、「地域の足を守る」ことは地方が抱える地域課題である。

その課題解決へ精力的に取り組むのが、福岡県北九州市に本社を持つ「第一交通産業」(以下、第一交通)だ。全国34都道府県に事業所を持ち、タクシー保有台数は国内最大の8,081台(2021年3月末時点)、従業員は約15,000人、日本最大級の規模を持つタクシー会社である。

代表取締役社長の田中亮一郎氏は元キー局のテレビマンという経歴の持ち主。柔軟な思考を持つアイデアマンとして、保守的なイメージが強いタクシー業界においてさまざまな革新的事業展開を図ってきた。M&Aによる拡大路線を敷き、福岡証券取引所へ上場、「黒船サービス」ともいわれたUberやDiDiなどの配車アプリの受け入れ、さらに日本中のタクシー会社と連携を組むネットワークも広げている。

その過程にあったのは企業の利益だけにとどまらない、「課題に気付いてしまったから、どうにかしないと」という動機の積み重ねだ。自分たちがやらなければ、誰がそれをやるというのか――そんなシンプルな思いが、地方交通の課題解決へ、MaaSの発展へ、そして観光や地域活性化へと、地方から日本を大きく動かそうとしている。

田中亮一郎さん

たなかりょういちろう。青山学院大学経済学部卒。全国朝日放送(現テレビ朝日)入社。1994年に、義父・黒土始氏が創業した「第一交通産業」に入社。取締役、専務、副社長を経て2001年社長に就任する。同社をタクシー事業だけでなく、バス事業や住宅販売・不動産・医療介護・ファイナンス・旅行代理店・海外事業にまでサービスを広げ、「総合生活産業」として形づくった存在。全国ハイヤー・タクシー連合会副会長、同地域交通委員長などを務める。

短期的な利益よりも地域社会貢献を意識した結果「得たもの」

第一交通が今、全国各地で力を入れている事業のひとつが、「おでかけ乗合タクシー」だ。これは、バス路線などが廃線となり、買い物や通院などの足がなくなってしまった地域に乗合タクシーを走らせるというサービス。

「日本には交通空白地域は4,500箇所ほどあるといわれ、その増加スピードは年々早まっています。私は、全国ハイヤー・タクシー連合会の地方交通委員長を10年ほど務めましたが、この状況を非常に危機感を持って受け止めています。そこでタクシー会社こそ、この空白を埋めないといけない、だからこそ“乗合事業”をやろうと業界に訴えかけたんです」

乗合タクシーは、通常のタクシー事業とは違う独自のノウハウが必要で、かつ、決して“儲かる”事業ではない。しかも規制が多く、運行までの壁も高かった。他社が二の足を踏んでいたこともあり、“言い出しっぺ”の第一交通は、国交省と単独で交渉し、実装方法を模索しつつ、全国に先駆けて「おでかけ乗合タクシー」の取り組みを始めた。

たとえば石川県・加賀市での事業。

2015年に北陸新幹線が金沢駅まで延び、現在、加賀市を通り京都・新大阪までつながるルートが工事中であるが、加賀市では「大聖寺駅」に新幹線駅ができると見込んで、その近くに市役所や市立病院を移転。ところが、新幹線駅は「加賀温泉駅」に設置されることになり、街の賑わいもそちらに移り始めていた。

「大聖寺駅に停まる特急も激減し、地域一帯のバス路線が撤退してしまいました。そうすると、駅近くの商店街も元気がなくなってしまって、負の連鎖が起こり始めました」

交通インフラの“崩壊”は、市民が市の行政サービスや診療を受けづらくなってしまうことにも直結する。そこで市は第一交通に、乗合タクシーの運行を打診した。

「当時、加賀の第一交通はタクシー30台程度と小規模で、同じ営業エリアにはもっと大きなタクシー会社が数社あったものの、どこも打診を断ったらしく、仕方なくうちに話を持ってきたんです。もちろん『断る』なんて選択肢はありませんでした。そりゃ、儲かる見込みなんてなかったけど、だからって見て見ぬ振りはできないじゃないですか」

「『おでかけ乗合タクシー』は自治体と連携して行わないといけないのですが、実はそれが大きなネックでもあります。このような(小さな)規模の地方自治体には、交通業務専門の部署がなく、職員は他業務との兼務になるのが通例。助成金などが出る場合もありますが、そのためにはお客さんがいつ、どれだけ乗ったかを逐次記録して書類にまとめないといけない。その作業がとても繁雑なのです。職員の作業を楽にしてあげないと、関わる全ての人に負担がかかってしまい、『おでかけ乗合タクシー』事業は推進できないことに気づいたんです」

そこで第一交通は、富士通と組んで専用のシステムを開発。利用者、タクシー会社、自治体の誰もが苦労せず回せる仕組みを作った。これにより、利用者は自宅やよく使う場所を停留所として登録、利用する30分前に予約をすれば乗車可能となった。

結果、加賀市では現在、600程の仮想停留所が設定され、年間で延べ2万人が利用する交通インフラとなっている。

「ちなみに本サービスを始めてから、この地域での当社の知名度がかなり高まりました。結果的に、本サービス以外の通常のタクシーも利用されるようになり、他のタクシー会社を圧倒、当社がこの地域を“独占”する形となりました。もちろん、これは乗っ取ろうとしたわけではありません。結果的に、地域のためにやったことが、一企業としての利益つながり、市場競争でも勝ち抜くことにもなったのです」

なお加賀市での事例を皮切りに、同システムを活用して全国各地へと広げ、全国約66市町村243路線で「おでかけ乗合タクシー」を展開している(2021年3月末時点)。

「当社は試行錯誤しながら、さまざまな地域でのノウハウを積み重ねてきました。地域によってオンデマンドであったり、定時で走る便だったりと、交通サービスに対するニーズは違うものです。これは当たり前の話なのですが、それにあったサービスを展開している業者は少ない。だから我々は、どこの地域でも『勝てる』のです。これからも我々は地域のニーズに向き合い、その土地に最適化したサービスを提案し、実装していきたいと考えています」

地方でタクシー会社に求められるサービスは、想像以上に多彩

4500箇所以上ある交通空白地域を第一交通だけでカバーすることは到底できない。そこで、全国各地のタクシー会社と組む「No.1タクシーネットワーク」のメンバーと共に、交通空白地域の課題解決へと乗り出している。

「No.1ネットワーク」とは、全国628の営業エリアのうち、第一交通がないエリアでも配車に応じてくれるタクシー会社を募り、連携を組んだもの。業務提携をしているが、会費などは取っていない。

「フランチャイズや資本提携だと優劣ができてしまうし、経済団体のように会費を取ってしまうと、メリットがないと皆辞めてしまう。それよりも、当社に共感してくれる会社と連携しノウハウをシェアするネットワーク化が、全国にサービスを広めるのに最も適していると思ったのです」

実際、車や燃料、保険などの共同購入によるコストダウンや、人材手配、24時間体制での傭車システムなど、会員となったタクシー会社には目に見えるメリットも多い。それ以上に、田中社長はネットワーク化により、地域で求められるサービスのニーズに、より豊かに対応できると考えている。

「先ほども申しましたが、タクシー会社は、お客様を目的地まで運ぶ、ということ以上に、地域で求められるサービスの内容は違ってきます。例えば、当社では『墓参り代行サービス』や『買い物代行サービス』、『ママサポートタクシー』などに取り組んでいますが、地域によってはドライバーの高齢化が進んでいて、提供できるサービスにも制限が出てくる場合もある。しかし、ネットワーク化できていれば、A社では対応できないけど、B社であれば提供可能、というようにあらゆる地域で提供できるサービスのメニューを維持することもできるのです」

最近では、タクシーが出払ってしまいガラガラになる昼間のタクシー営業所を活用して、キッチンカーを呼んだり、マルシェイベントを開いて地域の人に開放する取り組みも始めている。

「昼間の営業所はいろいろやれることがある。時間指定の駐車場にしたり、将来、車が電気自動車へと移行したらその充電ステーションとして開放したりもできる。タクシー会社に求められるサービス、地方でやれることはたくさんあるんです。それを共にやってくれる仲間を増やす意味でも、『No.1ネットワーク』に大きな意義があると思います」

日本におけるMaaSのあるべき姿を、今、形に

「地方あっての第一交通」との考えから、ネットワークぐるみで地方交通へと積極的に関与している。もちろん、今、注目されているMaaS(Mobility as a Service)にも各地で取り組んでいる。

前述の加賀市の事例には、続きがある。

現在、北陸新幹線が金沢まで来ているが、そこから京都・新大阪まで路線がつながるにはまだ数年かかる予定だ。そのため石川県観光は金沢への一極集中は解消されず、「このままでは、新幹線がつながるまで、他の観光地は保たない」との危機感が持たれていたという。

そこで、石川県の空の玄関口=小松空港がある小松市から金沢までの6市町(小松市・加賀市・白山市・能美市・野々市市・川北町)が連携して地域振興に取り組む「オール加賀会議」が2014年に設立された。

これは自治体の枠を超えて、例えば「企業・工場誘致は小松市に」「観光は名所がある加賀市に」など、市町をまたいで分野ごとに棲み分けをして、お金を一緒に出す仕組み。この「オール加賀会議」のMaaS事業に、第一交通が指名されたのだが、これは加賀市での「乗り合いタクシー」の実績があってのことだ。

「実は一口にMaaSと言っても、日本で言われているMaaSと、発祥の地であるフィンランドでのMaaSとは、全く内容が違う場合が多いんですよ」と田中社長。

日本でのMaaSは「観光中心」で、主にインバウンドで外国人観光客が不便なく公共交通機関を利用でき、回遊させる、という考え方で組まれている。一方で、フィンランドでは住民の利便性を高める地域交通のシステムとして導入されている。

田中社長は、そもそも「観光中心」の日本式MaaSに違和感を覚えていたという。

「このようなシステムこそ、地方交通に生かせるものだと考えていました。でも、最初から観光客向けに作ってしまうと、地域の人たちは使えなくなってしまう。それよりも、自治体と組みながら地方交通をしっかり組み立てて、そこにインバウンドの人たちも乗れるような仕組みを作る方がよいのではと思ったんです」

とはいえ、例えばバスと電車、タクシーでは料金体系も何もかも違うし、そもそも、第一交通で行っている乗合タクシーのような従来の地方交通サービスは、住民が使う前提で補助金などが使われている関係で、「住民も観光客も」という形態は難しく、法律の壁もある。

それが、コロナ禍でインバウンドのニーズが減ったことにより、図らずもフィンランドと同じような地方交通への関心が国内で高まり始めることになった。結果、地域観光を整備しつつ、そこに観光客も入れるような形にしようと、国も動き始めたのだ。

一方で、課題は残ると田中社長は言う。

「各交通機関の料金体系の違いなどは変わらないため、MaaSの仕組みの中にさまざまな業種がしっかりと入ってくれないと、なかなかうまくいかないでしょう」

実際、沖縄では第一交通と沖縄トヨタグループ、損保ジャパン、NTT docomoが組んだMaaSシステム「My route」が2022年2月よりサービスを開始している。さらに福岡エリアでも、同社とJR九州・西鉄グループが組んでMaaSの可能性を模索しているところだという。

気付くこと、そして巻き込むこと

組織の垣根を越えた協働について、田中社長は「MaaSにしろ何にしろ、第一交通が中心である必要はない。ただうちを使ってくれれば、どこが主体になっても構わないと思って、アイデアだけは出し続けています」と語る。

アイデアだけ――そう謙遜するが、課題や物事を本質的に捉え、アイデアを出し即座に行動に移す。自身の仕事に通じるポリシーは、 “気付く”こと。そして“人を巻き込む”ことだと語る。

5年前、自身が会長を務めていた北九州市の観光協会を解散させたことがあった。

「以前、北九州市には観光関係の県や市などの団体が10もあったんです。全部合わせれば10億円近くの予算があるけど、個別では予算の額が少ないから、できることも少ない。しかも、観光協会は債務超過に陥っていた。一方で予算が余っている団体もあった。それならばと、解散して1つにまとめてしまったんですね」

もちろん、ただ1つにまとめるだけではうまくいかない。それぞれの組織にいた人たちをワンフロアに集めて、壁を作らず、毎週情報交換会をする。そして情報共有や意思疎通を図って、観光の動きの統一化を図った。結果、各組織が組み上げてきたさまざまな実績や情報がうまく合わさって、フィルムコミッションの発展やTGCの招致など、それまでにない規模の観光振興策が採れるようになったという。

さらに、大イベントの際には警察を最初から巻き込んで交通関係や集客整理について考えてもらったり、高校や大学を巻き込んでボランティアに協力してもらったりと、「巻き込み力」が地域活性化の一助となっているのだ。

「これをやって、と一方的にお願いするより、『この時間、この空間をあげるから、何か考えて』と巻き込む仕組みをつくること。それが、共に動き何かを形にする上で、大切なことだと思います」

地元の観光振興にも、日本中のタクシー会社のネットワークによる地方交通サービスにも、そしてより実用的なMaaSの組み上げにも。田中社長の「巻き込み力」による新たな協働の形が、地方交通の課題解決への大きな救いとなっていく。