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九州最南端・指宿から日本のウェルビーイングを創造する新日本科学

社会にSDGsの価値観が広がるなか、あわせて「ウェルビーイング(well-being)」という言葉を耳にするようになった。個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを指す概念で、「幸せに生きる」という人間誰しもが持ちうる権利を獲得する社会を目指す上で使用されることが多い。

昨今、ウェルビーイングをテーマに掲げる企業も目立ちはじめているが、鹿児島県に拠点を構える創薬支援のグローバルバイオ企業・新日本科学は、指宿市でのウェルネスリゾート事業を通じて、まずは足元の地域からウェルビーイングな社会を実装しようと果敢にチャレンジしている。

なぜ、創薬支援の会社がウェルネスリゾートを手掛けるのか。また、どのような使命感を持って取り組んでいるのか――本事業を率いる常務取締役・永田一郎氏に話を聞いた。

PROFILE

永田 一郎さん

ながた・いちろう 新日本科学常務取締役、非臨床カンパニーVice President 兼 社長室長 兼 ホスピタリティ事業部長。14歳でアメリカ、マサチューセッツ州Lawrence Academyに単身留学し、2008年にBoston University Biochemistry & Molecular Biology Major卒業。2015年3月順天堂大学医学部卒業(医師免許取得)。2020年5月Cornell University Master of Management in Hospitality修了(MMH取得)。2021年3月京都大学経営管理大学院修了(MBA取得)。2022年3月鹿児島大学大学院医歯学総合研究科博士課程修了(医学博士取得)。3歳から始めたピアノもプロ級の腕前。父は同社代表取締役社長 永田良一氏。

「創薬支援の会社」が100万坪以上の広大な敷地に展開するリゾート施設

〈▲ 指宿市の高台に広がる高台な敷地にある「メディポリス指宿」〉

新日本科学(東証プライム上場)は、鹿児島市に本店を持つグローバルバイオ企業。製薬会社などから委託を受けて医薬品の非臨床試験(動物実験)や臨床試験(治験)を行う医薬品開発受託研究機関(CRO)であり、2022年で創業65年を迎えた。

新薬の基礎研究から承認申請まで、創薬の全てのフェーズを自社で行うことができる日本初のCROであり、国内トップシェア。さらに、基礎研究を医療技術・医薬品として実用化する橋渡し研究「トランスレーショナル・リサーチ」(TR)事業の、国内でのリーディングカンパニーでもある。

アメリカ、中国、カンボジアにも拠点を持つなど、鹿児島から世界と向き合い、グローバルに事業展開する同社だが、“本業”とは別の社会貢献事業でも注目を集めている。

例えば、絶滅に瀕するニホンウナギの稚魚・シラスウナギの養殖事業では、2022年に完全人工生産を成功させ、大きなニュースとなった。他にも関連施設「一般社団法人 メディポリス国際陽子線治療センター」の運営サポートや再生可能エネルギーとして注目される地熱発電など様々な事業がある。その拠点となっているのが指宿市にある「メディポリス指宿」である。

温泉地・指宿市街地と錦江湾を見下ろせる標高330mの高台にある、100万坪以上の広大な敷地。ここで同社はホテル事業も展開している。

〈▲ 同社が運営する指宿のホテルからの眺め。絶景だ〉

そもそも「創薬支援の会社」である同社が、この地にこれほど広大なリゾート施設を持つことになったのは、2004年に同社が上場した際、国や県、市からの依頼で「グリーンピア指宿」跡地を買い取ったことに始まる。

「買取りの打診をいただいた当初、あまりにも規模が広大な上に、当社の本業とは関わりのないリゾートホテルの跡地とあって、お断りしていました。しかし各方面からの強い要望を受け、この地が荒れ果てていくのを防ぎたいとの使命感を持って、この土地の再開発を決めました」と永田氏。

「当時の鹿児島大学学長、鹿児島県医師会長、鹿児島銀行頭取、鹿児島県知事、指宿市長などが参加する再生に向けた委員会を設立し議論を重ねた結果、同跡地に九州初の陽子線治療施設を作ることとなったのです。市街地から離れた山奥の立地であることから、患者さんが滞在して治療できるよう以前の宿泊施設を改装し活用することになりましたが、施設があまりにも大きかったため、患者さんだけでなく一般の人も受け入れられるホテルも隣接して開業するに至りました」

ホテルの開業は2011年1月。実はこの時点で、すでに「ウェルネス」をコンセプトにしていたが、当時はウェルネスという概念自体が日本では認知されていない時代。まずは集客を第一に、団体客でも楽しめるリゾートホテルとしての展開に注力していったという。

その後、「人類を苦痛から解放する」をテーマに掲げる新日本科学として、ウェルビーイングの社会実装を目指して、2020年よりリゾートホテルの営業形態に変更。ハイクラスの滞在型リゾートを楽しめるヒーリングリゾート「別邸 天降る丘(あまふるおか)」、リゾートステイやワーケーションなどを楽しめるリトリートリゾート「指宿ベイヒルズ Hotel&Spa」、そして陽子線治療患者の滞在に特化したメディカルリゾート「ホテル フリージア」の3ホテル体制となった。

〈▲ 広々とした館内〉

医師として感じた、患者さんの「心の安定化」への想いがはじまり

2020年春以降、新日本科学のウェルネスリゾート事業を率いている永田一郎氏は、医師でもある。そして、「メディポリス指宿」におけるウェルビーイングへの取り組みの再構築には、彼がこれまで積み重ねて来た様々な学びや経験も昇華されている。

「英語で困らないように、そして早い年齢から世界を見て欲しい」との父・良一氏の後押しがあり、14歳からアメリカへ留学した永田氏。ボストン大学で生化学系の学びに触れる中で医療に興味を持ち、医師となるべく順天堂大学医学部へと進学した。

「あの頃は父の後を継ぐとかビジネスへの展開を考えていたわけではなくて、純粋に医者になりたいなと思ってました。しかもそのとき私の理想は、小さな診療所で地域の人を診るような、そんな“町医者”になることだったんです」

〈▲ 医師を志していた当時の思い出を語る永田氏〉

その後、臨床研修医として大学病院で働く中で、臨床医として自分の専門分野に集中して目の前の治療を行うことの大切さと同時に、医療現場や医療ビジネスをマネージメントして、もっと広い視野で医療に貢献していきたいと考えるようになった永田氏は、新日本科学入りを決めた。

この時、永田氏が興味を持っていたのは、経営戦略、そして患者を精神的な面で支えるホスピタリティについて。臨床研修医時代、がん治療に訪れる患者さんとの交流を経てのことだった。

「研修医時代から『患者さんの話をよく聞こう』というのは特に意識していて、暇さえあれば入院患者さんのところに話に行っていました。そうして漠然と、『もっと患者さんによくしてあげたいなあ』と、治療以上の何かができないか考えることも多くて」

「メディポリス国際陽子線治療センター」でがん患者と接するようになってからも、その思いはさらに強くなっていた。

がん治療施設というと、病院の無機質な空間で治療と向き合うイメージもあるが、ここはリゾートホテル併設型の施設。2週間〜1ヶ月半程度の陽子線治療の期間、治療を受ける時間以外はリゾート空間で思い思いの過ごし方ができる。

永田氏はこの場で、「がん」という大病に心を削られていた患者さんの瞳がみるみる前向きに光る様子を目の当たりにしてきたという。

たとえばこんなエピソード。

「私は3歳からピアノを演奏しているのですが、仕事終わりや休日に施設内に設置してあるピアノを弾くこともあって。当初は息抜きで自分のために演奏していたところ、患者さんが集まってきてくれたので、定期的にちょっとした演奏会みたいなことをするようになったんです。すると、私の演奏を聴いて涙を流される患者さんがいらっしゃったんです。聞くと、『いろいろ思い出してしまって』と。

そこで改めて実感したのが、治療中の人々の心を穏やかにすることの大切さ、そしてそれを支える手段としてのホスピタリティの重要性でした。治療をするのは、薬や治療室、手術室だけではない。あらゆる生活の場、生きている瞬間瞬間に、どれだけ心満たされ、癒やされるかが患者さんにとって大切であることを知りました」

〈▲ピアニストとしての実力も高い永田氏。その珠玉の腕前を披露してくれた〉

そんな折、京都大学・コーネル大学の日米トップスクールでMBA(経営学修士)とMMH(ホスピタリティ学修士)取得を目指せる国際連携コースが始まることを知る。永田氏は迷わず、さらなる学びへと歩みを進めた。そこで、アメリカにおけるウェルネス事業の最前線を知り、ウェルビーイングへの取り組みの練度の高さ、そして日本との意識との違いを感じることになった。

日本でウェルビーイングの価値観が広まらない理由

アメリカでウェルビーイングの最前線に触れる中で永田氏は、日本ではなかなかウェルビーイングの価値観が進まないという課題に気づく。ウェルネスの考え方は国によって違い、例えばオーストラリアではウェルネス=予防医学を指すが、「日本ではリラクゼーションや美容のイメージが強く、本来のウェルネスの定義を理解していない。これは社会実装以前の課題だと感じています」。

加えて、海外ではバケーションというと1週間以上の長い時間を一箇所で過ごすものだが、日本人は1泊の旅行スタイルが多い。このことも、長期滞在が前提とされるウェルネスツーリズムが広がりづらい理由の1つと考えられると永田氏。

京都大学でMBAコースを学んでいる際、ウェルネスを実践している、もしくはウェルネスを謳っている日本のホテル97施設にアンケートを依頼、16施設より返ってきた回答でも、その課題は如実に表れていた。

「世界の潮流をみてウェルネスの重要性を感じているものの、必要な設備投資や、スタッフの教育、食事内容の変更など、ウェルネスサービス導入へのハードルの高さを感じているという回答がほとんどでした。

需要が多ければ投資も叶うのでしょうが、日本人の短期滞在型の旅行の習慣や、そもそも日本人の中でウェルネスへの関心が低いため、ニーズも高まりにくい、というのが現状のようでした」

〈▲ 「日本でウェルネスサービスを進めるには、まだまだ課題が多いと感じています」(永田氏)〉

いかにして関心を高められるか。自分たちができることはなにか。日本では未だウェルネスの需要が低いという現状にあっても、同社はホテル事業を、これまでの団体リゾート客向けサービスからウェルネスツーリズムへと大きく舵を切った。

このウェルネスリゾートが、ウェルビーイングの価値観を広められる存在に

2020年、1つの施設だったホテルを滞在目的別にメディカルリゾート「ホテル フリージア」、ヒーリングリゾート「別邸 天降る丘」、リトリートリゾート「指宿ベイヒルズ Hotel&Spa」の3つに分け、ウェルネスリゾート施設として生まれ変わった。

この大転換には、世界的な潮流にいち早く乗るということ以上に、「人々の幸せの価値を創造する」という使命感を持って採算度外視でも走り続ける、新日本科学らしい姿勢がある。

まず目指しているのは日本にウェルネスの概念を正しく広めること。このウェルネスリゾートでは、そのヒントを掴める場であるために、様々な取り組みを行っている。

〈▲「天降る丘」のスイートルーム。寝室・リビング・浴室の3ルームに分かれ、指宿市街地が見下ろしながら温泉を楽しめる。2〜3泊以上ゆっくり滞在したい空間〉

例えば、ヒーリングリゾート「別邸 天降る丘」の部屋はキッチンやクローゼット空間も充実させ、1泊完結ではなく数泊以上の長期滞在に適した部屋に。3ホテル共用の温泉・リラックス施設も、絶景大浴場や家族風呂に加えて、岩盤浴、セラミック・スパ、砂蒸し風呂、リラクゼーションカプセル「アルファ21」など多彩な施設を展開。指宿や海を見下ろしながら楽しめるインフィニティプールなどリゾート空間や客室のデザイン設計には、永田氏も大いに関わった。

〈▲ 眼下に広がる海と一体にも感じられるインフィニティプール〉

ハード面を整えた上で、ソフト面での展開もぬかりない。まずはホテルスタッフのウェルネスの教育にも力を入れている。その上で、食事面でも、創作的なモダンフレンチの採用など食の選択肢を増やしたり、朝食にヘルシーメニューを導入したりと、「数泊の滞在でも自分らしく健やかに楽しめる」ようサービス内容も大幅に変更した。

「加えて市内の様々なお店や企業と連携して、農業体験などのアクティビティやマルシェイベントなども行い、地域社会との接点も充実させています。まだこれからの取り組みも多いですが、今はたくさんのアイデアを出して形にし、ホテルの隅々にまで『ウェルビーイングへのヒント』を散りばめているところです」

〈▲ 2022年にホテル内にオープンした創作和食「一(はじめ)」〉

これらの取り組みは、がんの陽子線治療患者向けのメディカルリゾート「ホテル フリージア」においても大きな意味を持つ。心穏やかに、社会と接点を持ちながら、自分らしく治療の期間を過ごすことは、少なからず患者の心を支え、治療の経過にも良い影響を与えると考えている。

何より永田氏がこだわるのが、ここが非日常ではなく「日常のリゾートである」ことだ。

「ウェルネスという考え方は日常から切り離すべきではありません。ウェルネスリゾートというからには、日常生活の中に自然な形でふと訪れたいと思うことができるリゾートホテルを目指すべきだと思っています。また海外のような長期滞在バケーションではなく、日本人に合った短期滞在スタイルでしっかりウェルネスを実践できるよう目指しています。まだまだこの事業ははじまったばかりですが、誰もが幸せに生きる社会のために、貢献できればと思っています」

永田氏が本事業を受け継ぐ時期にコロナ禍に見舞われ、客からの“本来の反響”を確認できるのはまだこれからだそうだが、数年前よりも「ウェルネス」のキーワードで同施設を訪れる宿泊客は増え、その関心の高まりを感じていると永田氏。

「人々の幸せの価値を創造する」という使命を掲げ、九州の南端・指宿市から日本でもいち早くウェルビーイングの創造へと臨む新日本科学。訪れる人の人生観すら変えてしまう、そんな魅力を秘めたリゾートが形になりつつある。

 

撮影:中川千代美

EDITORIAL NOTE
取材後記

担当・中川千代美

先日、本州への旅行先で出会った外国旅行客に、「ここに何泊いるの?」と聞かれ、「1泊」と答えると「オウ、スグデスネ…」という会話をしてきたばかり(彼らは1週間泊まっていた)。スケジュールを分刻みで詰め込んで、1泊ごとに地域や県を移動する慌ただしい旅行に疲れ果てた直後のこの取材だったため、ことさらにウェルネスリゾートの意義やその真価がストンと入ってきました。メディポリス指宿には、リゾートステイの方、ワーケーションの方、そしてがん治療中の方とそれぞれの過ごし方がありますが、その根本にあるウェルネスへの考え方は同じ。ただタスクをこなすのではなく、自分にとって何が幸福で、よりよい人生につながるかを考える旅こそがこれからのトレンドになる、そう感じられた取材でした。

中川千代美

中川千代美

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1979年、長崎県生まれ。熊本の大学を卒業後、地方出版社勤務を経て、2010年より独立。熊本の地域子育て情報誌や生活情報紙をはじめ、さまざまなジャンルの編集·ライティング·企画を手がける。食欲·物欲·お出かけ欲·温泉欲·ビール欲の赴くままに熊本·九州を駆け回る日々。熊本市在住。趣味は二胡(中華民国[台湾]国楽学会二胡検定六級)。

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