「最近、同級生と一緒によく遊ぶんですけど、それがめちゃめちゃ幸せで、かけがえのない時間なんですよね」
インタビューの終盤、地域みらいグループを率いる脇山章太は、そうしみじみと語った。
「食事したり、ゴルフしたり、サウナ行ったり、そんな他愛のない遊びですけど、腹の底から笑えるんですよ。人生のなかで、腹の底から笑うことって意外と多くないですからね。あー、またいい思い出が増えたな、幸せだなって感じる最高の時間です」
幸せな人生に必要なものとは何か。
これから書く記事は、地域みらいグループが自社のみならず、地域を、未来を幸せにするために取り組んでいる挑戦についてであり、齢50にして脇山氏がたどり着いた「幸福論」でもある。
脇山 章太
わきやま しょうた。1974年生まれ。幼少期は父の仕事の関係で東京・大阪・米国シアトルに滞在、少年期は福岡で暮らす。1997年、慶應義塾大学卒業後、日商岩井(現双日)に入社。2000年、住友林業に転身、オランダ赴任を経て、2007年に帰国。以後、社長秘書を務める。2011年の東日本大震災をきっかけに、翌年福岡に移住し、北洋建設に入社。2018年11月に、北洋建設ならびに九州みらい建設グループ(現:地域みらいグループ)の社長に就任。
賃金アップも休みの増加も、すべては“生き方改革”のため
地域みらいグループには2024年6月時点で、6つのカンパニー(分野)に分かれた48の企業、法人が所属している。その中心となっている北洋建設は福岡を拠点とするゼネコンで、2023年に創業100周年を迎えた老舗だ。この北洋建設を中心に同グループには建築、土木事業を営む企業が20社以上集まっている。
2024年4月、これらの企業に入社する技術者の初任給を2~3万円引き上げ、大卒は25万円にすることが発表された。初任給だけではなく、グループ全体での賃上げが継続的に図られており、2023年は平均8.5%(※1)もの賃上げを実施。2024年も5%程度のアップを検討しているという。
(※1 建築カンパニー・地域土木カンパニー・不動産カンパニーにおいて)
また、グループの新年度となる2024年11月からは現場を完全週休2日制とする「4週8閉所」の徹底を宣言。活況を呈す九州の建設マーケットとは裏腹に現場を担う技術者の不足、そして迫られる2024年問題への対応という困難な状況にあって、スーパーゼネコンと呼ばれる大手以外がその対応に苦慮するなか、地場の建設会社としてはチャレンジングな取組みといえる。建設業界を取り巻く状況と、課題への自社の対応策について脇山氏は次のように語る。
「現場が動き続けているなか、時間外労働の上限が規制されたからといって急に週休2日に変えられるものではありません。日給制が多い職人さんの単価を上げないと、休みが増える=収入減に直結します。
一方で、施主さんにはコストアップや工期の延長を理解してもらわないといけない。今まで通り週6日現場を回した方が職人も施主も我々もみんなにとって都合が良いから、ずるずると変わり切れずにいる。これが、地場の建設業界の現実だと思います。でも、遅かれ早かれ対応しなきゃいけないこと。だったら期限を区切ってやってしまおうと、新年度が始まる11月までに全現場を完全週休2日にすると決めました。
賃上げについても同じで、上げるなら一気に上げようということで数億円の投資に踏み切りました。これだけ物価が上がっているなかで、それにアジャストした給与体系にするのは当然のことです」
給与水準のアップや休日の増加、その他、業務効率化を図り残業を減らすためのさまざまな取組み、これらはいわゆる働き方改革にあたるものだが、脇山氏が目指しているのは、働き方改革ならぬ“生き方改革”。働き方だけではなく、生き方そのものに対する企業文化の変革を図ろうとしている。
「がむしゃらに働いてお金を稼ぐことが大事なんじゃなくて、そのお金を何に使い、どんな時間を過ごすかの方が人生においては重要だと、ことあるごとに社員に言い続けています。若い時はいくら稼ぎたいとか、年収をいくらにしたいとか、それをモチベーションに頑張ってもいいけど、30代、40代と年齢を重ねると人生の価値観って変わってくるじゃないですか。
僕は“思い出”をどれだけつくるかに幸せな人生の基準を置いています。そう考えるようになったのは実体験に基づく後悔からです。家業である北洋建設に入社する以前、東京にいた頃は働きづめで、家族とも友人とも過ごす時間なんてとれませんでした。だから、振り返った時に楽しい思い出がないんですよね」

〈▲ 「社員をはじめとしたあらゆるステークホルダーが幸せに生きられるためにどうしたらいいかを考えている」と脇山氏〉
「1日24時間のうち睡眠を8時間とするなら、8時間仕事を頑張って、残りの8時間を自由に使ってほしい。家族と過ごす、友達と遊ぶ、趣味や自己研鑽に没頭する、何でもいいんです。自分自身が幸せじゃなければ、周りの人を幸せにすることはできません。そのためには時間が必要だし、それなりのお金も必要です。
だから僕は賃金を上げ、休みも増やしました。その環境を生かして、社員には幸せな思い出を増やすことに人生の価値を見出してほしい。そのために仕事を頑張って、効率を上げて、自由な時間をつくる、これが僕の目指す生き方改革です」
技術者集団のリーディングカンパニーを目指す
脇山氏が幸せな人生をおくってほしいのは、自社の社員だけではない。地域みらいグループは、地域における“技術伝承のリーディングカンパニー”を目指し、各分野の技術者集団として人を育て、技術を伝え、「みらい」をつくることに使命感をもって取り組んでいる。
その一例といえるのが、1688年から続く佐賀県で最古の酒蔵「佐嘉酒造(旧社名:窓乃梅酒造)」を2020年にグループ化したこと。2026年春の完成予定で、蔵や蒸留所などを建設する大掛かりなプロジェクトが進行している。

〈▲代表銘柄の「佐嘉」は瓶詰め時に1回だけ火入れをすることでフレッシュな味わいでまろやかな口当たり。大吟醸、純米大吟醸、純米吟醸、特別純米を展開しており、純米吟醸はフランスで開催されたフランス人のための日本酒コンクール「2024KuraMaster」の純米酒部門で金賞を受賞した〉
ある意味で “門外漢”でもある同社が、地域でもっとも古い酒蔵のバトンをつなげる意味について、脇山氏はこう語る。
「僕たちは100年にわたり建設業を営み、技術で飯を食ってきたというプライドがあります。技術力の大切さ、先人たちの技を次代につなぐことの意義、それが身に染みて分かっているからこそ、九州・佐賀で300年以上続く酒蔵がなくなってしまうかもしれない、培ってきた匠の技が消えてしまうかもしれない、そう知った時にはもう経営に参画することを決めていました」
佐嘉酒造は同社の「思い」を示す分かりやすい事例だが、建設も酒蔵も、福祉や教育などグループ内の他の多様な事業も、各分野の技術者集団が地域みらいグループに集い、それぞれの持ち場でそれぞれの技術を未来へつなげていくことに存在意義を見出している点では共通している。
「だからこそ、最近のコスパ重視の傾向、それに伴って技術の価値が軽んじられていることに違和感を持っています。特に建築土木の業界はコストにプライオリティが置かれて、安いにこしたことはないと思われがち。そこに技術力という論点が介入する余地が少ないように感じます。100年前から今日に至るまで、先人たちから受け継いできた技術をブラッシュアップさせ続けているにも関わらずです」
「つい『俺たちの技術が地域を支えてるのに、みんな分かってないよ…』とくだを巻きたくもなる。でも、それは我々が言ってはいけない。そんな愚痴っぽい集団に、未来を感じない業界に、若者が夢を抱いて飛び込んでくるでしょうか。
だからこそ、100年間ずっと技術者集団である我々が率先して“技術伝承のリーディングカンパニー”となり、地場の中小企業でも未来を描けるんだということを若者に示したいんです。そのために、若手にどんどんチャンスを与えたり、女性技術者の採用を継続したりといった取組みを続けています。利益のことだけを考えれば受けない現場でも、人財育成、技術伝承のために戦略的に受注しています」
光の当たらない地域でも、そこには人生がある

〈▲ インタビュー中、思わず力が入り拳を握る脇山氏〉
“技術伝承のリーディングカンパニー”への強い決意の源にあるもの。それは、自分たちがやらなければ、誰も地域を守ってはくれないという危機意識だ。
「若者が首都圏の大手企業に目を向けるのは仕方ない…って、地場企業はどこか諦めているところがありますけど、そんなマイナスの同調に僕はまったく賛同できません。我々が言い出しっぺになって変えていきたい、そうしないと本当に地域は衰退していきますから…」
脇山氏が父の後を継いで北洋建設の4代目社長となるべく福岡に戻ってきたのは2012年のこと。それまでは東京や海外で暮らし、外から九州や福岡を見ることが多かった。
「グローバルから見た九州、東京から見た福岡が小さな存在であることは動かしがたい事実です。東京一極集中への疑念とか、地方創生の気風とか、地域に光が当たりやすい要素がなくはないですけど、福岡より東京に人・モノ・金が集まるのは理にかなっています。ロジカルに考えれば、それが自然です」
でも――。
脇山氏の口から思いが溢れ出す。
「現実として僕らはこの場所に住んでいるわけです。グローバルな観点からはちっぽけな存在かもしれない、魅力がない場所と思われているのかもしれない、でもそこには営みがあり、たくさんの人生があり、幸せな思い出が紡がれているんです。その土地の未来を誰が守ってくれるのか。よそからの救いの手に期待して指をくわえて待っていたって、何も変わりませんよ。東京が目線を地域に合わせないのなら、自分たちで頑張るしかないというのが、東京から戻って北洋建設に入社した時からの明確な戦略です。
目先の利益のことだけを考えれば、東京の拠点を拡大して、リソースの半分くらいをつぎ込んだ方がいいに決まっています。そんなことは百も承知です。でも、自分たちの地域を自分たちで守る。技術を磨き、伝え、若者が夢を描ける企業をつくる。そこに地域みらいグループの存在価値はあると思っています」
M&A戦略はロジックではなく〈気合い〉と〈思い〉
地域の「みらい」を自分たちで守る。地域みらいグループのぶれないスタンスは、M&Aによって新たな仲間をグループに迎え入れる際にも顕著に表れている。この10年で30社以上がグループ入りし、2023年に地域みらいグループへと社名を変更してからだけでも既に建築土木事業で4社、教育福祉事業で3社のM&A実績がある。
同グループの成長戦略においてM&Aが重要なカギとなっているように見て取れるが、脇山氏は「戦略なんてありません」と否定する。代わりにあるのは「気合い」と「思い」なのだという。
「たくさんの企業をグループに加えてきましたが、経営戦略としての敵対的買収は1件もなく、ほとんどが1社で事業が立ち行かなくなり、縁あってお声がけいただいた企業です。どんな企業でも残したいと思っているわけではなく淘汰されるべき企業はあるし、中小土木・建築企業の横並び体質に疑問も感じてはいます。それは前提としてあった上で、たとえ経営が厳しくても、その地域からなくなったら困る会社、伝えていかねばならない技術ってあると思うんですよね」
「建築や土木、教育、福祉などの事業で、生活の基盤を支え続けてきた会社がなくなる、それは、その地域で暮らす人たちの生活の質の低下に直結します。見捨てるのは簡単ですよ。僕にとっては縁もゆかりもない土地にある、経営難の中小企業なわけですから、『関係ない』と言ってしまえばそれまでです。でも、その存在を知ってしまった以上、僕らが切り捨てたら、その地域の未来がどうなるのか…。
行政からも民間企業からも匙を投げられた地域に住み続ける数万人、数千人は、その土地で幸せな思い出を増やしていけるのかなって考えてしまうんですよね。僕はスーパーマンじゃないので、全国を飛び回って苦しむ企業を救うことなんてできません。でも、縁があって、その土地に行ってみて、『この町を何とかせないかん』って思いになったら絶対にやると決めています。経営者なので採算度外視とまではいいませんが、M&Aを決める際に利益や将来性を考えているわけじゃないんです。そこにロジックはありません。その地域を僕らが守るという〈気合い〉と〈思い〉、それだけですね」
技術の担い手として外国人を積極的に採用
M&Aで傘下に加えた企業に対して、地域みらいグループでは給与水準のアップを例外なく実現し、「あなたがもっている技術には価値がある」ということを明確に示している。さらに、グループ共通の価値観を浸透させることで、地方の中小企業にありがちな旧態依然とした仕組みや考え方の変革が図られることも、M&Aによる大きなメリットだという。
その一例が、外国人労働者の受け入れ。地域みらいグループでは脇山氏の主導のもとで、積極的に外国人の採用や働くための環境整備を進めている。
「僕らの次の世代になった時に、かなりの確率で海外からの移住者が増えることになるでしょう。そんな未来が近づいているのに、外国人労働者はお断りですとか、英語は分かりませんとか、そんなことがまかり通る会社でいいはずがないって思うんです。グループ内の各企業で外国人を受け入れて、それぞれの現場で主力となって活躍している方も何人もいます」
幼少期をアメリカで過ごし海外赴任の経験も長い脇山氏にとって、国籍で壁をつくらず人材を集めるというのは、ごくごく自然な思考である。しかし、その価値観をグループ内に浸透させるのは、決して簡単ではないようだ。
「日本ほど単一民族、単一言語で社会が成り立ってきた国はありません。そのなかでも九州は外国人に見えない壁をつくっている人が多いと感じます。言葉が通じなくても心を通わせることはできます。これは僕の実体験からも、間違いなくそうです。それなのに、言葉の壁を理由にして心の壁をつくってしまう、これは日本人のよくないところです。僕の価値観を一方的に押し付けてもうまくいかないとは理解していますが、少なくとも一緒に働く前から拒否するのではなく、働きながら互いに理解していこうよとグループ全体にメッセージを発信しています」
「M&Aでグループ入りした企業のなかには、地域の過疎化、人材難に悩むところも少なくありません。日本人だろうが外国人だろうが、優秀な人は優秀で、不真面目な人は不真面目です。最優先で考えるべきなのは、その会社が培ってきた技術を未来につなげ、その地域を守ること。これまでも、これからも、そこに暮らす人々が笑顔で、幸せな人生をおくることです。
日本語や商習慣の教育、寮の整備といった外国人を受け入れるための環境整備は当然のこととして、国籍で壁をつくらない企業文化を僕が社長をやっている間にグループ全体に浸透させて、次の世代にバトンを渡したいと考えています」
「余談なんですけどね…」
そろそろ取材を終えようとしたその時、脇山氏はぽつりと話し始めた。
「この前、1つ上の先輩に会いに急遽東京に行ってきたんです。最近までしょっちゅう遊んでたんですけど、突然余命3カ月って宣告されて、もう手の施しようがないって。人間いつ死ぬか分からないんですよ。いつの日か寿命を迎える時までに『あー、いい人生だった』って笑えるような思い出を、もっともっとつくりたいし、僕や地域みらいグループと関わることで、みんなの思い出を一つでも多く増やしたい。それがやれているなって感じることが今の僕の幸せですね」
成功が約束された方程式も経済的合理性もなく、技術を磨き、「みらい」に伝え、地域を守るために気合いと思いだけで突っ走る。地域みらいグループ代表・脇山章太は、幸せな人生のために実はロジカルに動いているだけなのかもしれない。
撮影/東野正吾
entry
メルマガ登録
求人情報を希望する方は、
必要項目をご記入ください。
取材後記
担当・近藤耕平
執筆前に改めてインタビュー音源を聞き直しながら、「幸福論」というタイトルが自然と頭に浮かびました。僕自身、30代早々にフリーランスの道を選び、誰にやらされているわけでもなくライターを続けながら40代半ばを迎えました。「何のためにこの仕事をやっているんだろう?」ふと、そんなことを考える時間が若い頃より増えたのは確かです。恥ずかしながら僕はまだその答えを模索中ですが、脇山さんは幸せな人生を「思い出」で定義付けしています。あの、アンパンマンの主題歌を脳内再生しながら読んでほしい記事になりました。