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株式会社ピー・ビーシステムズ

「僕たちが日本を救うんだ」 ピー・ビーシステムズ冨田和久社長が挑む withコロナ時代の働き方革命

テレワークビジネスの原点は20年以上前のこと

世界中で猛威を振るう新型コロナウィルスの影響で、社会の在り方や価値観が変化していく中、企業のテレワーク導入はその最たるもののひとつといえる。急速に、そして半強制的に、各企業が場所という観点で働き方の変革を求められる中、“いち早く”テレワーク導入サービスを手掛け、日本全国で在宅勤務化の促進に貢献している企業が福岡にある株式会社ピー・ビーシステムズだ。

同社がこのサービスを発表したのは、20202月のこと。国内の新型コロナウィルス感染者数は200名程度で、まだまだ外出自粛への意識は、東京でも醸成されていない時期ではあったが、“いち早く”が意味しているのは、そのタイミングではない。まだスマートフォンすら世に誕生していない、今から20年以上前。ピー・ビーシステムズは設立されて間もない1998年に、既にテレワークと同じようなシステムを手掛けていたのだ。

「ちょっと先駆者すぎましたかね」と笑って語る代表の冨田和久氏に、まずはピー・ビーシステムズの主となるビジネスである、仮想化システムの構築事業について話を聞いた。

コンピュータのトレンドに逆行した製品に可能性を見出す

ピー・ビーシステムズを設立した翌年、冨田氏はあるソフトウェアメーカーの製品と偶然出会った。アメリカに本拠を置く『シトリックスシステムズ』の製品は、データやプログラムを各ユーザーのパソコンではなくサーバで集中管理するためのもの。現在では一般的になっているクラウド型サービスの走りともいうべきプロダクトだった。

当時はWindowsの普及により、コンピュータを取り巻く環境が大きく変わりつつあった時代。ハードの性能が上がったことで、サーバに頼らずとも各自のパソコンだけである程度作業を処理できるようになっていく中、サーバで集中管理するためのソフトは時代に逆行する製品のようにも思われた。

しかし、冨田氏はこの製品に即座に食いついた。

「これは面白い製品だと直感しましたね。パソコンの性能が上がったとはいえ、当時はネットワーク環境が全く追いついていなかった。今では家庭でもギガ単位の通信速度が当たり前なのに、当時の通信回線は64キロビット/秒。支社から本社のサーバに繋いで作業しようにも遅すぎて使えないとか、いろんな支障をきたしていました。それが、シトリックス社のソフトを使えば、支社にいながら本社にいるのと同じ、ともすれは本社にいるよりもスピーディに作業することができる。この製品を中心に事業を組み立てていこうと即決しました」

冨田氏の直感は当たり、シトリックス社は世界的なIT企業へと成長。ピー・ビーシステムズはシトリックス社の製品を使った仮想化(クラウド化)の技術力において、日本一の認定を受けるまでになった。ピー・ビーシステムズのメイン事業であるセキュアクラウドシステム事業(SCL事業)とは、この仮想化テクノロジーを駆使して、企業のシステムをクラウド化するというもの。クラウド化によるメリットの一例である「支社にいながら本社にいるのと同じ環境で仕事ができる」の「支社」を「自宅」、「本社」を「オフィス」に置き換えれば、そのままテレワーク導入サービスが完成するのだ。即ち、20年以上前からずっとやり続けてきた事業が、今回のコロナ禍をきっかけにニーズの高まりを見せたにすぎず、思いもしないきっかけで時代がピー・ビーシステムズに追いついた、といえるのかもしれない。

予期せぬエンドユーザー経験が起業へと繋がる

冨田氏がピー・ビーシステムズを創業したのは33歳の時。そこに至るまでの経歴には紆余曲折がある。生まれは福岡市東区。高校は進学校だったものの、眉毛がなく、リーゼントできめた“分かりやすいなんちゃって不良”だったそうだ。本人は「神風が吹いて」とけむに巻くが、そこから九州大学へと進学し、日本有数のシンクタンクである野村総合研究所(当時は野村コンピュータシステム)に入社。ITエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた。しかし、家族の都合で福岡へとUターン。当時はエンジニアとして社内でも頭角を現し始めた頃で、野村証券系の大規模なオンラインシステムの変革プロジェクトに携わっていたため、帰福の決断を下すのは断腸の思いだった。

「大学卒業後に東京に出たのも九州に面白そうな会社が見つからなかったからで、いずれ地元に帰ろうとは考えていませんでした。仕事も充実していたし、本音を言えば戻りたくはなかった。でも、福岡の不動産価格を目の当たりにした時に、初めて気持ちが揺らぎましたね(笑)。東京のほぼ半額。ありきたりな理由かもしれないけど、福岡ならこんな立派な家に住めるんだと、半ば強引に自分を納得させて帰ることを決めました」

転職先は、地元金融企業のシステム開発を手掛ける子会社、のはずだったのだが、転職して早々に親会社である銀行に出向することになった。株や債券を運用する部署で、それまで見たこともない勘定伝票の処理に悪戦苦闘する毎日。ITエンジニアとしての経歴を活かし、社内のシステム改善にも精力的に取り組んだ。約1年半という短い期間ではあったが、この銀行員としての経験がピー・ビーシステムズの理念を形成し、今日までぶれることなく貫かれていると、冨田氏は当時の悶々とした思いを振り返る。

「銀行に出向して、初めて自分がユーザーとしてシステムを利用することになりました。使い勝手の悪さを行内のシステム部に訴え、改善してもらおうとしても、予算がないとか、優先順位が低いとか、何かと理由をつけて満足に話すら聞いてもらえない。サポートがあっても杓子定規で、現場の実情を見ていない。もっと僕らの立場で考えてくれてもいいのにって、いつも思っていました。あの時、ユーザーの気持ちや立場を実体験できたことは、貴重な経験でしたね。徹底した顧客目線、クライアントに満足してもらって初めて存在価値があるといった当社の理念の根源は、銀行員時代の悔しさから生まれているのだと感じます」

ローカルと東京の情報格差なんて言い訳にすぎない

銀行への出向期間も含めると、システム会社に約5年間勤務した後、森﨑髙広氏と共にピー・ビーシステムズを創業(森﨑氏は現在も冨田氏の右腕として同社を支えている)。そして前述したシトリックス社との出会いをきっかけに、システムの仮想化、クラウド化事業へと舵を切っていくことになる。事業の一環として自社開発したソフトウェア『デルバイゲナー』『キトラスゲナー』『イートバイ』も販売。福岡の方言を連想させる製品名に冨田氏の地元愛が垣間見える。起業する前は、東京のIT大手への再転職も考えたという冨田氏は、福岡の魅力を“魔界”という独特な表現で説明する。

「福岡の人って一度は東京に出たいと思うけど、一旦戻ってしまうと、そこからもう外には出ない人が多いじゃないですか。だから福岡って“魔界”なんですよ(笑)。通勤時間ひとつとってもそうですが、東京と福岡では仕事に全力投球するための環境が全然違う。僕にとっては“お腹いっぱい仕事ができる場所”が東京ではなく福岡だった。起業する頃にはスキルに自信をもっていたので、東京じゃなくてもやっていけると思っていましたね」

冨田氏の自信を裏付けるように、ピー・ビーシステムズは右肩上がりの成長を遂げ、2019年には福岡証券取引所Qボードへの単独上場を果たす。その間に、東京にあったオフィスを福岡本社に集約。福岡一拠点で売上を伸ばし続けている

ローカルを拠点にビジネスを展開する際について回るのが、東京との情報格差。テクノロジーが日々めざましく進化するIT業界にあって、技術力の先進性を保ち、東京の同業者と伍していくために意識していることを尋ねた際、冨田氏はこともなげに次のように語った。

意識を高くもてばいいだけですよ。情報伝達の時差を埋めるどころか、東京より早くやるんだくらいの心意気。それさえあれば、場所のハンデはありません。根性論なんて今どき流行らないかもしれませんが、当社の実績を見ていただければ分かりますよね。僕から言わせれば、福岡だから仕方ないって、最初から諦めている企業は多いような気はしますね

冨田氏の熱い言葉は続く。

「福岡の会社が『地方だから』と諦めているといえば、情報格差だけではなく、給与水準や仕事内容もそう。暮らしやすさや物価安がローカルの魅力であることは間違いないけど、少なくとも僕は、暮らしやすいから東京より給与が低く、仕事が古臭くてもいいとは思っていません。福岡にいたって、尖った面白い仕事はできるし、東京水準の待遇が受けられる。実際、当社では年収1000万プレーヤーが続々と誕生しています。福岡は市を挙げてスタートアップを支援してることもあって、全国的に見てもITベンチャーにとって恵まれた土地です。その取り組み自体は歓迎すべきことですが、だからこそ起業して満足するのではなく、もう一歩踏み込んで結果を残してほしい。起業した時の志をカタチにして、上場するような企業が12社と生まれて、一緒に福岡のIT業界を盛り上げていければと思っています」

顧客の評価を得て、初めて仕事は完成するもの

東京との情報格差を埋めるポイントを「心意気」と答えた冨田氏に、ITエンジニアに必要な要素を聞いてみると「技術力&人間力」という、らしい言葉。銀行員時代にエンドユーザーとして味わった不満を、自分のクライアントには決して感じさせないという起業時の強い決意は、それから20年以上経過し、上場を果たした今もぶれることがない。クライアントの立場で考え、100%満足してもらうためのシステムを構築するには、技術力に人間性が伴わなければなし得ない、それが「技術力&人間力」をエンジニアに求める理由である。<東京の大手シンクタンクに勤務した後、UターンしてITベンチャーを起業>という経歴の一文からはうかがい知れない“泥臭さ”が、ピー・ビーシステムズの持ち味となっているのだ。

「当社の仕事場を例えるなら、オープンカフェじゃなくて油のにおいがするガレージ。ノートパソコンやスマホ上で作業が完結するのではなく、ガレージで機械を分解して、お客様のことを根本から理解した上で再構築していくイメージです。時に旧型のシステムを使うことだってあります。でも、そのクライアントにとっては、最先端のシステムより何倍も仕事がしやすいのなら、それが何よりじゃないですか。正直、オシャレではないですよ。言うなればMacじゃなくてWindowsな集団。でも、お客様の評価にしか我々の存在理由はないと思っています。エンジニアにしか分からない技術力で一目置かれたって、それを、エンドユーザーに納得してもらわなければ価値がありませんよね」

どこにも負けないクラウドの技術で日本を救う

世界を突如として襲った新型コロナウィルス。アフターコロナ、あるいはウィズコロナの時代において、テレワークはどの企業にとってもなくてはならないインフラへと重要性を増していくことだろう。ピー・ビーシステムズが創業からやり続けてきた仮想化、クラウド化のテクノロジーが、世の中のメインストリームになりつつある空気を冨田氏はひしひしと感じている。

「会社のパソコンでやるより遅いけど、家だから多少の不便は仕方ないと我慢するようでは不十分です。我々が手掛ける以上、家の方が会社より速く、快適と感じてもらえるようなテレワーク環境の提供をめざしています。しかも、3年後、5年後では遅すぎる。社員がどこにいてもコミュニケーションがとれて、企業体として成立する仕組みを構築するという社会的責任を果たすべく、志を同じくする他社との連携も視野に入れています」

株式上場を果たした半年後にはテレワーク導入サービスの予期せぬ需要増。目まぐるしい1年の中にあって、ピー・ビーシステムズはこれからどこをめざしていくのか、最後に冨田氏に聞いてみた。

「正直に話すと、以前はクライアントも九州に絞って、ITの地産地消ができれば理想だなという考えをもっていました。どこかで東京一極集中への反骨精神もあったんでしょうね。でも、僕らが絶対的な自信をもつ技術がコンピュータのメインプラットフォームになるかもしれないと分かった今、福岡とか東京とか、そんな小さなことは言ってられません。全国を駆け回って、日本を僕たちが救うんだ、僕たちなら救えるんだ、そんな使命感に燃えています」

冨田氏が率いるピー・ビーシステムズのエンジニアたちは、今日も日本のどこかで“泥臭く”クライアントのために奮闘していることだろう。

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EDITORIAL NOTE
取材後記

担当・近藤耕平

堅苦しい話が苦手な冨田社長。こちらの質問をのらりくらりと冗談でかわすライター泣かせな面もありましたが、そんな中、不意に真顔で発した一言が忘れられません。「顧客のためになる確証がないまま、何となく『最新式のAIでやりましょう』なんて、僕は口が裂けても言いません」。この言葉に、ピー・ビーシステムズの企業文化が凝縮されていると思います。最初にシステムありきではなく、顧客ありき。テレビドラマで描かれるITベンチャーとは似ても似つかぬ地味な仕事をいとわない。でも、実は、クラウド化のノウハウは日本中どこにも負けない。冨田社長は「うち、かっこ悪いですよ」と謙遜しましたが、社長、それって、かっこよくないですか?

近藤耕平

近藤耕平

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1979年福岡県北九州市生まれ。早稲田大学卒業後、スポーツ新聞社勤務を経て福岡へUターン。エリア情報誌の編集者、コピーライターとして活動後に独立。年間100名以上のインタビュー取材を行っている。『うどんWalker福岡・九州』『まったく新しい糸島案内』シリーズ(以上、KADOKAWA)などを手掛ける編集者としての一面も。

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