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株式会社新出光

“石油の新出光”からの大変革。イデックスグループがこの15年間で挑んできたこと

大正15年に創業し、「IDEX(イデックス)」として知られる株式会社新出光。石油販売が祖業であり、現在も関東から九州まで約300ヶ所でサービスステーションを展開するなど、石油事業を手掛ける企業である。

しかし、いまや石油事業は同社の多様な事業展開の一部。経常利益の約6割(2022年度実績)が非石油事業によるものであるという事実もそれを証明している。 

石油の会社から“なくてはならないなにか”を提供する企業へと転換を図る契機となったのが、2008年にスタートしたプロジェクト「Target100」だ。創業100周年を見据えて自社のあるべき姿を見つめ直そうとするこのプロジェクトが生まれた背景や、現在の多様な事業展開に貫かれている理念について、「Target100」に立ち上げから関わってきた代表取締役専務執行役員の重岡敏一氏に聞いた。

PROFILE

重岡 敏一さん

しげおか としかず。1960年生まれ。長崎県出身。長崎大学経済学部卒業後、1983年新出光石油株式会社(現:株式会社新出光)入社。サービスステーションの店長、法人営業の営業所長を務めた後、ISO推進委員会専任委員を担当。その後、株式会社イデックスライブクリエイション代表取締役社長、エネルギー部新燃料開発プロジェクトメンバー、カーライフ部カーライフ企画課課長を経て、熊本販売支店、大阪支店の支店長を歴任。2008年にスタートする「Target100」の草案づくりに参加し、人事部部長、経営企画部長、2016年代表取締役常務執行役員を経て、20234月より代表取締役専務執行役員/社長補佐企画支援部門管掌を務める。

5年後、10年後の未来を示した衝撃的なシミュレーション結果

戦後の復興、高度経済成長、そしてバブルと日本経済が推移していく中で国内の石油需要は増加の一途をたどり、それに伴って石油事業を手掛ける新出光の業績も順調に伸びていた。バブル崩壊後もしばらくの間、石油の需要は高止まりしていたが、その間に日本は“失われた30年”へと突入し、その勢いは鈍化。2000年前後をピークに石油の販売量はじわじわと下降を始める。また、同時期には規制緩和による石油販売の自由化が始まっており、競争が激化することによる利益率の低下も石油業界全体の課題となっていた。

〈▲ 画像はイメージです。 提供:PIXTA〉

このような時代背景を受けて、事業方針の大幅な方向転換を図る「Target100」が2008年にスタートすることになるのだが、このプロジェクトが動き始める前の段階では、社内に非石油事業にもっと注力せねばという機運は薄かったと重岡氏は当時を振り返る。

「非石油事業を一部手掛けてはいましたが、あくまでも主役は石油事業。当時の社内に石油需要が下落していることへの危機感や、石油事業一本足から脱却せねばという盛り上がりは感じられませんでした。また利益を生むのも、生んだ利益を再投資するのも石油事業だという経営方針は変わりませんでしたね」

大正時代から変わらずに続けてきた石油という確固たる商材があり、その価格と量を調整することで半世紀以上にわたってビジネスが成立していた新出光で、石油以外の事業へとマインドセットを転換するのは容易ではない。同社が長らく堅実に経営してきたこともまた、世の中の実情を見えにくくしていたのかもしれない。

しかし、石油需要の下降線は徐々に、確実にその足音を大きくしていった。

現社長である出光泰典氏が常務に就任した2008年、まだ「Target100」と名付けられる前の事業構造変革プロジェクトが立ち上がり、重岡氏はそのメンバーへと抜擢される。そして、最初に着手したのが、5年後、10年後の自社の状況をシミュレーションする作業。

そこで示されたシナリオはショッキングなものだった。

「このまま石油の需要が減っていくと、経営状況がどうなっていくのかを詳細に分析し、楽観的シナリオ、悲観的シナリオに分けて出してみました。すると、悲観的なシナリオでは5年後には赤字に転落、楽観的シナリオでも10年後にはかなり厳しい状況になることが数字で示されました。このままだとジワジワ弱っていっていずれ手遅れになるという認識はありましたが、すぐにでも手を打たないとまずい状況でした」

石油事業と非石油事業の経常利益の比率を、創業100周年を迎える2026年までに5:5の割合にするという目標を掲げ、「Target100」は2008年に始動することになった。

“ラストワンマイル”へのこだわり

“石油の新出光”からの脱却を図らなければ、創業100周年は迎えられない。そんな危機感をもってスタートした「Target100」ではあるが、何から始めればいいのか、何をやるべきなのか、手探り状態での船出となった。その道標となったのは、創業者である出光弘が掲げ、今も大切にする経営の姿勢だったという。

「5つの項目からなる経営の姿勢の中には『お客様からの支持を頂くことがまず大切、その結果が利益に通ずる』『小売(最終消費者との直結商売)を生業とし、現場を重視する』という言葉があります。この考えを元に、非石油事業を拡大するにあたっても、最初に利益ありきではなく、地域の皆様にとって必要とされるもの、喜んでもらえるものでなければならないという共通認識をプロジェクトメンバーがもっていました。

また、サービスステーションがガソリンを地域のお客様に直接届けているように、最終消費者に商品、サービスを届ける“ラストワンマイル”の役割を担う事業にもこだわっていきたいと考えて、非石油事業の具体化を進めていきました」(重岡氏)

2014年にはコーポレートメッセージとして“なくてはならないなにかを”を発信。「Target100」のプロジェクト開始から15年の時を経て現在のイデックスグループは、4分野(モビリティ/エネルギー/オフィス/ライフ)、6事業(自動車事業/電力事業/石油事業/オフィス事業/不動産事業/食と暮らし事業)を手掛ける多角的企業へと変貌を遂げている。

モビリティ分野ではバジェットレンタカーなどのレンタカー事業や、個人・法人向けのカーリース事業、メルセデスベンツ・BMWの輸入車販売や新車・中古車の販売・買取り、それらに伴う保険事業など「クルマのことなら何でもイデックス」を標榜した事業を展開する。

エネルギー分野では石油のみならず、LNG(液化天然ガス)やLPG(液化石油ガス)を供給。さらに、特定規模電気事業者(PPS事業者)として、法人向けの高圧電力販売と、一般家庭向け「イデックスでんき」の販売を行っており、九州管内での販売量は2位の規模を誇る。さらに、メガソーラー発電事業や太陽光パネル設置事業も手掛けている。

オフィス分野では物件探しからレイアウト、家具・備品・OA機器設置、通信ネットワーク整備までオフィス空間をワンストップで提供する事業のほか、RPAを使ったICTサポート、人材派遣やバックオフィス業務などのアウトソーシングサービスを提供する。

そしてライフ分野では、住居からオフィスビル、テナントまで幅広い物件の提案、土地の有効活用に関する不動産総合コンサルティング、さらに、ミネラルウォーターや備蓄用商材のホームオフィスデリバリー事業、「コメダ珈琲店」「ローソン」「WASHハウス」の店舗運営、宅配ピザのフランチャイズ事業といった多彩な事業で地域の暮らしを支えている。

 

商品で差別化できない石油事業で培われたソリューション営業力

4分野で手掛ける事業内容こそ多様であるが、その一つひとつを見ると、創業から大切にしてきた地域貢献、ラストワンマイルを担う精神に基づく“なくてはならないなにか”を届ける事業であることが共通している。

例えば「Target100」に先駆けてゼロから立ち上げた太陽光事業がスタートしたのは2007年のこと。FIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)が制定され、多くの業者が太陽光事業に参入する2012年よりかなり前のことになる。

当時は、家庭用の太陽光発電システム(ソーラーパネル)を数件受注するだけという利益の出ない事業だったが、それでもやることを決断したのは、この事業がいずれ“なくてはならないなにか”になることを確信していたから。

〈▲ 画像はイメージです。 提供:PIXTA〉

また、石油事業を通して磨かれたソリューション営業力が、非石油事業における強みにもなっていると重岡氏は分析する。

「石油製品はJISで決められた規格で作られているので、各社の品質に大きな違いはなく、差別化を図ることはできません。そんな石油事業に身を置く中で、お客様と最短距離にいるサービスステーションのスタッフや法人営業の担当者は、商品単体ではなくお客様に有益な付加価値を提案するなどして、競い合ってきました。そこで培ったソリューション営業力が、新たな事業で活かされているケースは多くあります。

たとえばある企業から、生産性を落とすことなく、クリーンエネルギーの使用割合を増やし、CO2排出量を削減したいというご相談があったとします。イデックスグループであれば、石油、電気、ガスを組み合わせてエネルギー効率を最大化させたり、消費電力を抑えたり、CO2フリーの商品を組み合わせたりなど、要望に応じて多様なエネルギーマネジメントサービスが提案可能です。これは、商品・サービスの幅広さに加えて、それを提案する人的リソースにも強みがあるからこそだと考えています」

世界初の挑戦と失敗から得たもの

目の前にいる消費者に対して“なくてはならないなにか”を提供する事業にこだわり、イデックスグループの物的、人的リソースを活用した結果、非石油事業は想定を上回るスピードで成長。「創業100周年を迎える2026年までに、石油事業と非石油事業の経常利益の比率を5:5の割合にする」という当初掲げた「Target100」の目標を既に達成するに至った。

極めて順調に事業ポートフォリオの変革に成功したようにも見えるが、その陰ではいくつものチャレンジがあり、失敗から得たものも多かったそうだ。

2011年に福岡県大牟田市で試運転を開始したバイオマス水素製造プラント「福岡ブルータワー」も同社のチャレンジングな取り組みの一つ。木質バイオマスをガス化して水素を製造する世界初の商用プラントとして運転を開始したが、4年後にはプラントを閉鎖し、事業から撤退することになる。

〈▲ 大牟田エコタウン内で稼働していた世界初となるバイオマス水素製造プラント「福岡ブルタワー」。先進的な取り組みではあったが撤退を余儀なくされた 提供:PIXTA〉

「結果だけを見れば失敗に終わりましたが、これまでにない大きなチャレンジをしたという経験、そして当社にとって何より大切な“人”が残りました。当時採用した工学系のエンジニアが今では異なる分野で活躍してくれています。先ほど紹介した当社の強みであるエネルギーマネジメントサービスの全体像を設計するにあたっても、彼らの知見が活かされていますね」(重岡氏)

「福岡ブルータワー」プロジェクトは経営陣の判断によるものだが、現在の4分野6事業を構成するサービスの中には、逆にボトムアップで生み出されたものもある。

その源泉となっているのが、2013年にスタートしたオープンイノベーションプログラム「NEXT NAVIGATOR」。新規事業のアイデアを、部署や役職の垣根を払って募集するものだ。過去には若手社員のアイデアがグランプリを受賞したこともあり、応募数、アイデアの質、共に年々向上しているという。

202211月にサービスを開始した、電動スクーターのシェアリングサービス「ラクすく」は、サービスステーションで店長を務めていた社員が経営企画部へと異動して発案したもの。

〈▲1分12円で手軽に利用できる電動スクーター「ラクすく」は2022年11月のサービス開始以来、会員数、車両数ともに順調に増加している〉

直前までサービスステーションの店長だった社員が、自ら新規事業を提案し、開発する。このようなケースは同社において珍しいものではないのだと重岡氏は語る。

「私も入社して最初はサービスステーション勤務からでしたし、現社長もそうでした。最初にサービスステーションを経験した社員が、その後各部署へと異動して活躍するというのが当社の一般的なキャリアステップです。これは創業者が掲げた経営の姿勢『小売(最終消費者との直結商売)を生業とし、現場を重視する』に通じています。

サービスステーションでお客様と一番近い距離で接していたからこそ、地域のお客様に寄り添い、“ラストワンマイル”を意識した事業を考えられるのではないでしょうか。『ラクすく』がサービスステーション勤務を経験した社員によって生み出されたことにも、私は必然性があると考えています」

“なくてはならないなにかを”の精神は創業100周年の先も変わらない

「いずれ石油事業が立ち行かなくなる」という危機感から立ち上がった「Target100」は早々にその目標を達成。“石油の新出光”から複合的な企業グループへと変貌した同社は2026年に創業100周年を迎える。

その先で、どのような企業であることを目指しているのだろうか。

「『Target100』で掲げた、石油事業と非石油事業の経常利益5:5という具体的な目標は、その達成自体が目的ではなく、100周年以降も事業を存続させていくためのものです。非石油事業が予想以上に成長し、次の50年、100年につながる経営基盤がつくれたということが『Target100』の一番の成果。これからもイデックスグループは、目の前にいるお客様に対して“なくてはならないなにか”を届ける企業であり続けます」(重岡氏)

足元に目を向ければ、脱炭素、脱化石燃料へと向かう世界の動きが増しており、石油事業、エネルギー事業を手掛ける同社はその大きなうねりの渦中にいる。目まぐるしく状況が変化する中で姿を変えていきながら、イデックスグループの多様な事業に貫かれる“なくては

ならないないかを”の精神は、これまでも、これからも変わらない。

 

撮影/東野正吾

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EDITORIAL NOTE
取材後記

担当・近藤耕平

本文中でも紹介したアイデアコンテスト「NEXT NAVIGATOR」の応募数を聞いた時には驚きました。ボトムアップで改善提案や新規事業のアイデアを募るという試みは、他社でもしばしば見聞きするものですが、新出光の「NEXT NAVIGATOR」で寄せられるアイデアは、年間700件にも及ぶもの。応募者も多彩で、ベテラン、新人、そしてアルバイトからの応募もあるそうです。
昭和、平成の大半を石油事業中心に展開してきた老舗が、その事業構造を大胆に変えていく過程が決して平坦な道のりではなかったことは、重岡さんへの取材からも伝わってきました。しかし、年々増加する「NEXT NAVIGATOR」への応募数からも、企業風土が変わっていることは間違いないようです。2022年にスタートした「ラクすく」のように、生活に身近なサービスが多いこともイデックスグループの特徴なので、これからも生み出されていくであろう新たな事業、サービスが楽しみになりました。

近藤耕平

近藤耕平

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1979年福岡県北九州市生まれ。早稲田大学卒業後、スポーツ新聞社勤務を経て福岡へUターン。エリア情報誌の編集者、コピーライターとして活動後に独立。年間100名以上のインタビュー取材を行っている。『うどんWalker福岡・九州』『まったく新しい糸島案内』シリーズ(以上、KADOKAWA)などを手掛ける編集者としての一面も。

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