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株式会社アイ・ビー・ビー

「起業するなら福岡で」はホント? 行政+民間によるハイブリッド創業支援の実態を探る

福岡市のイメージは? と聞かれて思い浮かぶものは何だろうか。

「食事がおいしい」「空港が近い」「住みやすい」など、人それぞれではあるが、その中に「起業しやすい」とか「スタートアップが盛り上がっている」といった声も挙がってくることだろう。

福岡市は2020年5月に政令指定都市で5番目となる人口160万人を突破してからも人口増加が続き、全国的に見ても勢いのある都市であることは間違いない。そして、その成長を支える要因として、「スタートアップ」は外せないキーワードの一つ。事実、九州各地はもとより、全国、さらには海外から起業を志すメンバーが福岡市に集まっている。

なぜ彼らは福岡で起業することにしたのか。「今、起業するなら、福岡で」というイメージの実態を、起業する側、そして、起業家を支援する側の双方から探ってみよう。

2022年に開業したばかりの新施設「ibb Bloom Tenjin」

「ibb fukuoka」は起業家をサポートする施設の最古参

 

スタートアップが盛り上がっている都市として福岡が認知される転機となったのは、今から10年前の2012年、高島宗一郎福岡市長が「スタートアップ都市ふくおか」を宣言し、行政によるスタートアップ支援が本格的に動き出したことにある。その核となる官民共働型のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」では、起業や資金調達、人脈の構築やスキルアップといった多方面から起業家をサポートしている。

さらに、ビルの高さや容積率の緩和を認める時限措置「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」によって都市の再開発が促進され、今、天神や博多駅周辺のいたるところでビルの建て替えラッシュが始まっている。この都市としての勢いや将来性も、起業家が福岡に集まる大きな要因だ。

そしてもう一つ、行政によるスタートアップ関連の取り組みと並行して、民間による起業家支援が手厚いことも見逃せない。福岡市内には官民共働型の「FGN」だけではなく、民間主導で起業家をサポートするインキュベーション施設が充実。その多くは、「スタートアップ都市ふくおか」宣言以降の、この10年のうちに生まれたものであるが、異彩を放っているのが、まだ福岡に類似施設がほとんどなかった2000年に開業した「ibb fukuoka」である。

「ibb fukuoka」のエントランスには、これまでに入居した企業や上場を果たした企業のロゴがずらりと並ぶ

「ibb fukuoka」を手掛けているのは、「株式会社アイ・ビー・ビー」。不動産賃貸管理を本業とする廣田商事の系列会社だ。廣田グループの代表であり、「ibb fukuoka」の生みの親でもある廣田稔氏は、「世界ブランド企業をフクオカから」をスローガンに、20年以上にわたって起業家を支援してきた。

「ibb fukuoka」を手掛ける「株式会社アイ・ビー・ビー」の廣田稔代表

起業家にとっては天神の一等地にある「ibb fukuoka」に格安の賃料で入居できるというハード面での恩恵に加えて、企業のステージごとに特色のある支援プログラムが受けられるというソフト面でのメリットも大きい。

福岡市がスタートアップ都市として認知されるずっと前から起業家をサポートし続けてきたことからも分かるように、企業に対して継続的な支援を行い、時間をかけて着実な成長を促すというのがibb廣田氏の支援スタイル。急成長をめざすスタートアップを支援する取り組みとは別の時間軸で起業家に寄り添っている。

これまでに「ibb fukuoka」に入居した企業は200社を突破。入居企業や支援プログラムを受講した企業の中から、7社が株式上場を果たしており、ibbを介して出会った起業家同士のネットワーク、通称「ibbファミリー」は年々増加している。そんな、ibbファミリー2社の経営者に話を聞いてみた。

上場に失敗し福岡へ。ゼロから再出発して上場を実現

株式会社フロンティアの山田代表

「ibb fukuoka」内にオフィスを構える「株式会社フロンティア」は、自動車部品の販売と、電子玩具の受託製造を手掛ける企業で、2018年に東京証券取引所「TOKYO PRO Market」に上場、さらに2021年11月には福岡証券取引所「Q-Board」への上場を果たした。

代表を務める山田紀之氏は「ibbとの出合いがなければ、間違いなく上場できていなかったでしょうね」と断言する。上場を後押しした大きな要因として、人材が豊富な福岡の地の利、そしてibbで培った人的ネットワークや起業家支援プログラムがあったそうだ。

フロンティアは山田氏の地元である山口県で2002年に創業。2018年の上場までに、2度、準備段階で上場が頓挫するという苦い経験をしている。頓挫の理由は、いずれも地方における人材難が原因だった。

「上場するには、会計や内部統制、監査対応などを高い水準で行わねばなりませんが、山口でその業務に対応し得る知識やスキルをもった人材を集めることは簡単ではありません。苦労して何とか採用しても、その人の専門性と実際の業務内容にミスマッチが生じ、上場準備中に退職してしまうという状況が続きました。地方で上場に向けた社内体制を整えることのハードルの高さを実感しましたね」(山田氏)

山口県に本社を構えていた頃から、上場をめざす経営者を対象とした支援プログラム「ibb社長塾」に参加していた山田氏は、その縁もあって「ibb fukuoka」にオフィスを移転。縁もゆかりもない福岡の地でリスタートを図り、念願の上場を成し遂げることになる。

「ibbで出会った上場企業の先輩経営者から、具体的なアドバイスや、経営者としての心構えなど、多くのことを学びました。また、『ibb fukuoka』の同じビル内に、監査法人や会計事務所、税理士事務所といった士業の方がいて、助けてもらえたというのも大きかったですね。

上場するまで順風満帆に成長したわけではなく、債務超過に陥った時期もありました。債務超過を解消するために増資を行いましたが、資本家の多くは廣田社長をはじめibbの縁で知り合った方々ばかり。いろんな方に助けられての上場だと思っていますから、受けた恩を、後輩経営者に“恩送り”することが私の務めですね」(山田氏)

廣田氏(左)、さらにibbで出会った多くの先輩経営者から多くのことを学んだと語る山田代表(右)

山田氏がこれから上場をめざす後輩経営者へのサポートを惜しまないように、「ibbファミリー」と形容される仲間同士で支え合う関係性が構築されている点は、「ibb fukuoka」に入居したり、サポートプログラムを受講したりすることで得られる大きな強み。20年という長い歴史があるだけに、支え合うファミリーが“大家族”であるという点も、他のインキュベーション施設にはない魅力といえるだろう。

「ibb Bloom Tenjin」は、withコロナ時代のワークスタイルに対応した新施設

「ibb Bloom Tenjin」は3階まで吹き抜けで開放感のある造り

2022年、福岡・天神に「ibb fukuoka」に次ぐセカンドビルとして新たなオフィスビル「ibb Bloom Tenjin」が開業した。外観からして特徴のあるこのビルは、螺旋階段があったり、オフィスがガラス張りだったりと、ビル内部にもこだわりが随所に感じられる。

のぼり旗、バナー、パネルといった販促物の企画からデザイン、製作までを手掛けるエンドライン代表取締役の山本啓一氏は、このビルの構想段階から関わり、そのまま入居することになった。

エンドライン株式会社の山本代表

「もともとは『ibb fukuoka』に入居していたのですが、新しいビルができることになって、建築委員会のメンバーに廣田社長から指名されました。吹き抜けがいいよねとか、螺旋階段がオシャレだよねとか、建築を知らない素人のアイデアをかなり採用してもらえたので、自慢のオフィスになりましたね。外観だけで見栄えがするので、採用で人が集まりやすくなりましたし、社員のモチベーションも上がっています」(山本氏)

「ibb Bloom Tenjin」の特徴はスタイリッシュな見た目だけではない。コンセプトになっているのは「withコロナ時代における、スモールデザインオフィス」。リモートワークの浸透で広いオフィスが必要なくなったワークスタイルを想定して、コンパクトな占有スペースのオフィスフロアを設置。複数人で会議をしたい時には、ビル内の共有ミーティングスペースが利用できる。

「ibb Bloom Tenjin」のロゴは入居するエンドラインがデザインしたもの

また、「ibb fukuoka」を卒業した企業の受け皿としても「ibb Bloom Tenjin」は機能する。インキュベーション施設の色合いが濃い「ibb fukuoka」は入居期間に3年間という期限を設定しているが、「ibb Bloom Tenjin」であれば、より長期間の入居が可能。エンドラインが「ibb Bloom Tenjin」に入居したのも、「ibb fukuoka」を退去するタイミングだったことがきっかけだったそうだ。

元々は小さなワンルームマンションで1人で起業した山本氏は、廣田氏との出会いをきっかけに、ibbが手掛ける起業家向けのスクール型プログラム「ibb BizCamp」の第1期生として参加。同プログラムは現在、第9期生となる起業家が受講中で、これまでに100名を超える卒業生を輩出している。

「『ibb Bloom Tenjin』という新拠点でさらなる飛躍を遂げるべく、販促物の企画・製作事業に加えて、デジタルサイネージとAIカメラを組み合わせた新たなビジネスモデルを構想中です」と語るエンドライン山本代表

「ワンルームマンションで独力でやっていた時に、経営者の知り合いなんて1人もいませんでしたから、ibbのおかげで情報や人脈が飛躍的に広がりました。経営戦略とか、財務の知識とか、上場をめざす上でのロードマップとか、いろんなことを学び、それが経営者としてのベースになっていることは確かです。ibbだけではなく、福岡は起業家へのサポート環境が充実しているし、都市自体が成長しているので、起業するには何かと都合がいいですね」(山本氏)

起業する場所として福岡は素晴らしいと語りつつ、その一方で「居心地が良すぎることでのデメリットもある」という本音も。

「自戒を込めて言えば、福岡の起業家はその環境に甘えちゃってるところがあるんです。福岡だけでもある程度、ビジネスが成り立ってしまう。売上が数億円規模に落ち着いて、そこからスケールアップしない企業も多い。

でもそれは誰のせいでもなくて、起業家の意識次第で解決する課題ですからね。サポート環境においても、ビジネスチャンスの多さにおいても、若者の雇用のしやすさの面でも、福岡が起業するのに適した場所であることは間違いありません」(山本氏)

起業家のタイプに合わせて、支援のスタイルも多様であるべき

 

福岡がスタートアップ都市として認知される前から起業家を支援し続けてきた廣田氏は、「ibb Bloom Tenjin」「ibb fukuoka」という2施設を活用して、今後どのようなビジョンを描いているのだろうか。

「ibb Bloom Tenjin」1階にあるオープンラウンジ

「ベンチャー企業にもいろんなタイプがあって、数年で一気に成長するスタートアップもあれば、ジワジワ成長していく企業もあります。業種にしても、IT関連の企業だけがベンチャー企業というわけではなく、いろんな業種を志す起業家がいます。

ですから、起業家を支援する側にも多様性があっていいと思っていて、ibbにはどちらかといえば、コツコツと地力をつけていく企業が集まっているように感じます。継続的な支援がibbのベース。IPOを視野に入れた社長向けに2ヶ月に1回開催している『ibb社長塾』は間もなく70回を迎えますし、社長塾のワンステージ下の位置づけにある『ibb BizCamp』は、約1年がかりのプログラムですが、現在9期生が学んでいます。より下のステージにいる起業家向けのプログラムの拡充にも力を注いでいる最中です。

『2030年までに、ibbに関わった企業の中から20社を上場させる』という目標を立てているので、まずは、そこが一区切りですね。『世界ブランド企業をフクオカから』というibbの夢を、例え時間がかかったとしてもいつの日か実現すべく、起業家を応援し続けていきたいと思っています」(廣田氏)

今、起業するなら、福岡で――そのイメージの実態は、都市としての成長や、行政によるスタートアップ支援に加えて、ibbのような民間企業による継続的なサポートがカギとなっているのだろう。

PROFILE

廣田 稔さん

ひろた みのる。1963年福岡市生まれ。福岡大学法学部卒。1986年、和光証券(現みずほ証券)入社。支店での個人営業を8年間担当した後、1994年福岡に戻り、廣田商事株式会社に入社。1999年、代表取締役に就任し、翌2000年、インキュベーションオフィスビル「ibb fukuoka」を開設。2009年、株式会社アイ・ビー・ビーを設立し、代表取締役に就任。福岡青年会議所理事長、アジア太平洋こども会議・イン福岡実行委員長、九州ニュービジネス協議会理事、経済産業省後援事業「ドリームゲート」起業支援登録アドバイザーなど、社外での活動歴も多数。

PROFILE

山田 紀之さん

やまだ のりゆき。1975年山口県生まれ。1995年、山口県内のトヨタ系ディーラーへメカニックとして入社。2002年、中古自動車販売事業を行うカーフロンティア山田創業。2003年、株式会社フロンティアを設立し、代表取締役社長に就任。2014年、香港に自社企画商品生産管理のための現地法人「新域国際香港有限公司(Frontier International Hong Kong Limited)」を設立。2015年、オフィスを山口から「ibb fukuoka」へと移転。2018年7月、東京証券取引所 「TOKYO PRO Market」上場。2021年11月、福岡証券取引所「Q-Board」に上場。座右の銘は「不撓不屈」。10歳から空手を始めて、19歳の時に重量級全国3位の実績をもつ。

PROFILE

山本 啓一さん

やまもと けいいち。1973年大阪府生まれ、6歳より福岡県太宰府市で育つ。福岡大学を中退後、福岡吉本に入り、芸人として活動する。27歳で看板関係の企業に入社。2004年、31歳で起業してエンドラインを創業し、2007年に株式会社へと改組。2013年、「福岡市ステップアップ助成事業コンテスト」最優秀賞受賞。2016年、「ibb fukuoka」にオフィスを移転。2022年、「ibb Bloom Tenjin」にオフィスを移転。趣味はプロレスと総合格闘技観戦。

撮影/東野正吾

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EDITORIAL NOTE
取材後記

担当・近藤耕平

「今、起業するなら、福岡で」。このイメージは本当に正しいのだろうか、というのが本記事のテーマでしたが、結論としては「正しい」といえると思います。「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」による全国的にも類を見ない大規模な都市再開発と、「スタートアップ都市ふくおか」の実現をめざす官民共働での取り組み。起業家に対する手厚いサポート内容を知れば知るほど、起業するということが福岡では決して難しいことではないように感じられます。官民を挙げた起業家支援体制の最古参ともいえるのが、廣田氏によるibbプロジェクト。20年以上続けてきた起業家へのサポートに、「ibb Bloom Tenjin」という新たな拠点が加わり、この先、どんな企業がibbから羽ばたいていくのか楽しみになりました。

近藤耕平

近藤耕平

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1979年福岡県北九州市生まれ。早稲田大学卒業後、スポーツ新聞社勤務を経て福岡へUターン。エリア情報誌の編集者、コピーライターとして活動後に独立。年間100名以上のインタビュー取材を行っている。『うどんWalker福岡・九州』『まったく新しい糸島案内』シリーズ(以上、KADOKAWA)などを手掛ける編集者としての一面も。

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