1974年創業の創業以来、辛子明太子を一から製造し、全国に販売網を広げてきた株式会社やまやコミュニケーションズ。お客様の要望にも柔軟に対応し、主力の辛子明太子以外にも簡易だしパックの「うまだし」や博多名物「もつ鍋」と、商品ラインナップは多彩。また「博多もつ鍋やまや」を中心に飲食店チェーンの全国展開、農作物生産など事業領域を広げ、アプリ開発などデジタル分野でも新しいサービスにも着手するなど、辛子明太子メーカーだけにとどまらない企業を目指している。

そんな同社が2024年の創業50周年を前に、「九州の食文化の創造と発信」をビジョンに、新たな挑戦を始めている。その狙いや思いについて、社長の山本正秀氏に話を聞いた。

山本正秀さん

やまもと・まさひで。1970年、福岡県生まれ。93年、東京大学経済学部を卒業後、兼松株式会社に入社。98年、株式会社やまやに入社、取締役経営企画室室長、副社長、YAMAYA USA,Inc.社長を経て2000年4月、代表取締役社長に就任。

新社長としてまず目指したのは、顧客とダイレクトにつながること

「やまやの明太子」の誕生は1974年。山本氏の父(現名誉会長・山本秀雄氏)が勤めていた水産卸問屋を辞めて、自宅で辛子明太子づくりを始めたことにさかのぼる。

「創業当時、私はまだ4歳でしたが、箱詰めを手伝ったり、配達について行ったりしていましたね。そうそう、配達に行くと、父は商談も始めちゃって2時間くらい待たされたこともありました。車内に充満する辛子明太子の匂い。いまでも忘れられない記憶です」

手弁当で始めた事業ではあったが、創業の2年後には東京に進出するなど、山本物産の“船出”は幸先が良かった。そこから食品卸問屋との取引に力を入れスーパーや百貨店、みやげ店などに販路を広げた。贈答用、家庭用の辛子明太子だけでなく、加工品の原材料として使われる業務用明太子の拡販も進め、1984年に韓国、1985年にはアメリカと海外にも進出、福岡を代表する辛子明太子メーカーへと成長していく。

そんな「やまや」に山本氏が入社したのは、商社勤務を経た1998年のことだった。その2年後、2000年4月に社長に就任する。

新社長としてまず目指したのは、顧客とダイレクトにつながるBtoC事業を拡げること。当時、取引の約9割を問屋や食品メーカーなどが占めるなど、同社は「完全にBtoBの会社だった」(山本氏)。もっと違う売り方、見せ方を試してみたいと思っていた山本氏は、インターネットが普及するようになるとネット販売に力を入れ、辛子明太子の食べ方やレシピなども積極的に発信していった。

また、外食事業にも力を入れ、2006年に東京でテスト出店したもつ鍋店が評価され、現在は『博多もつ鍋やまや』が国内42店舗、韓国で4店舗を展開するまでに成長。こうした取り組みによってBtoCの売上比率は現在、5割程度にまで伸びているという。

原料を仕入れ、たらこから自社で作る

BtoC事業の拡大とあわせて近年力を入れているのが、辛子明太子を使った商品開発だ。マヨネーズ・ドレッシング・バターなどの調味料、いか・数の子などの和え物、ラスク・おかきなどの菓子といった商品を幅広くそろえる。様々な商品を開発してきた背景には、同社の仕入れ方法が大きく関係している。

辛子明太子を作る際、スケトウダラの卵(原料)を仕入れ、たらこから製造するか、たらこを仕入れて辛子明太子を製造するかは各社で異なる。やまやではスケトウダラの卵を仕入れ、たらこの製造から行っている。

「できたてめんたい」は、「匠のたれ」で168時間じっくり熟成した辛子明太子をそのまま直送する同社自慢の一品

「当社はスケトウダラの卵を仕入れて塩漬けにするところから自前でやっていますが、卵には様々なグレードのものがあります。それらをどう使い、商品として販売をするかを考える文化が根付き、結果としていろんな商品が生まれました。そうしたスタイルによって培われた技術力は、各種メーカーや百貨店、量販店との新商品の共同開発でも非常にいきているんですよ」

このように辛子明太子を軸に業容を拡大してきた同社だが、冒頭にも述べたように、これから取り組もうとしているのが「九州の食文化の創造と発信」という。なぜ今、それをやろうというのか。

「九州の食をもっと多くの人に知ってほしい」

「博多もつ鍋やまや」

実は、やまやコミュニケーションズは辛子明太子関連商品の製造や外食事業のほか、農産物事業にも力を注いでいる。社内にアグリ事業部を設置し、2018年に福岡県のブランドいちご「あまおう」の栽培を開始。2020年には休耕地を活用して米の生産も始めた。

九州の農業関係者とのネットワークが広がっていく中で、「九州の食をもっと多くの人に知ってほしい」という気持ちが、膨らんでいったという。

「私が東京に住んでいた時に驚いたのは、九州の『食』のことがあまりにも知られていないことでした。九州にはたくさんおいしいものがあることを、もっと多くの人に知ってほしいとずっと思っていたんです。

また社長に就任して20年が経ち、次の20年を考える上で企業のビジョンや事業戦略を見直す時期。2000年に社名を『やまやコミュニケーションズ』に変更したのですが、インターネットやSNS、アプリなどが発達した今、ようやく『コミュニケーション』を力強く推進していく時がきたと感じています」

変革を求める山本氏の強い思いもあって、同社は2020年8月に新たなフィロソフィーとビジョンを策定した。同社ではフィロソフィーを「安心安全で、ワクワクする食文化を提案し続け、その活動を通じて、幸せな社会の創造に貢献することを使命とする」と定め、新たなビジョンは、「九州から、やまやスタンダードを。」を掲げた。

「『安心安全』と、やまやだからこその価値を融合させ、食品にとどまらず、『食文化』へと昇華させること。それが『やまやスタンダード』です」

「やまやスタンダード」に沿って九州の食材に新しい価値を持たせ、それを広げていくことが「幸せな社会の創造に貢献する」という同社のフィロソフィーにつながることを明確に打ち出したのだ。

「老舗・伝統的」というイメージから「アクティブ」な企業へ

新ビジョン立ち上げから半年後の2021年3月、福岡県朝倉市に「朝倉マルシェ果樹蔵(かじゅくら)」をオープンした。「果樹蔵」は〝選りすぐりの農園から果物や旬の食材を届け、心地よい生活を演出する〟ブランドで、「朝倉マルシェ果樹蔵」では、いちご狩り体験や定期的なマルシェを開催。旬の農産物も販売し、今後はオンラインショップによる産地直送サービスにも力を入れていく。

「朝倉マルシェ果樹蔵」

同じ3月に、福岡市中央区薬院に外食事業の新業態となる「YAKUIN 3 TERRACE(薬院スリーテラス)」を出店。「九州の食」を発信していくという。

ダイニングカフェ「YAKUIN 3 TERRACE」

こうした取り組みは、「やまや」のブランド進化にもつながると、山本氏は期待する。

「当社はこれまで新しいことに取り組んできたという自負はあるのですが、ブランド調査では『老舗』『伝統的』というイメージを持たれています。もう少しアクティブな会社というイメージを打ち出し、若い人からもさらなる共感を得るため、店舗や商品ラインナップ、ウェブサイト、パッケージなどあらゆるものを見直していきます。果樹蔵やYAKUIN 3 TERRACEなどの取り組みは、その一助になるものと期待しています」

九州の食を世界へ拡げる仲間たちと「共同体」をつくりたい

山本氏が描く「九州の食文化の創造と発信」の実現には、こうした自社での取り組みに加え、さらに大きな枠組みの構築が必要だと考えている。

「果物以外では、もつ鍋、豚しゃぶ、水炊きなどの『九州の鍋の食べ方』や、だしや醤油など調味料のことも発信していきたいと思っています。他にも面白い素材はたくさんありますから、九州のおいしいものを集めて販売するウェブサイトをつくって情報を集め、直販はもちろん当社の飲食店や取引先にも提供できる仕組みを作りたい。

ただ正直、九州の食は本当に魅力的なものが多すぎて、どこから手を着けたらよいのか悩ましいところ。それに当社だけでやれるとも思っていません。そのため、同じように〝九州の食を広めていきたい〟と考えている仲間たちと手を組んでいきたいのです」

同じ目的を持つ仲間たちとの連携が必要だという考えは2020年2月、「世界に通用するDtoCビジネスを実現する」をテーマに福岡市で開催された「DtoCサミット2020」に参加して、いっそう強くなったという。

「『DtoCサミット』では、九州で活躍する各種メーカー、DtoC事業者のマーケターなど様々な立場の方とお会いしました。そこで多くの方が『九州にはよい素材がたくさんあるのに、国内外で知られていないのはもったいない』と思っていることが分かりました。そう、実は同じ志を持つ“仲間”がたくさんいるんです。こういう方々と手を組み、仕掛けを作っていけたら面白いことができると思っています。

商品開発、販売、流通など九州の仲間たちと連携できることはたくさんあります。その枠組みの中に、『何に手を加えるのか』『それをどう見せるのか』という観点で我々の『やまやスタンダード』もある。今後は多くのパートナーを巻き込みながら、緩やかな共同体として九州の食を広めていきたいと思っています」

世界に誇れる農産物、食品を生み出す人たち。その商品を世界の消費者たちとつなぐコミュニケーションの専門家たち。九州に点在する各分野のプロたちと手を携え、九州の食の素晴らしさを国内外に発信していく。その決意は、新たに策定したビジョンにもうたわれている。

九州の食文化をもう一度見直し、強くする。
まだまだ、ここには世界に誇れる食文化が眠っている。
Made in KYUSHU.
多くのパートナー様と柔軟に手を組みながら、新しい九州を発信していきたと思います。

「九州の食文化の創造と発信」という、これまで誰もなし得なかった壮大なプロジェクトは始まったばかり。山本氏率いるやまやコミュニケーションズは、九州の未来のため、もっと輝く地域をつくるため、これからも挑戦を続ける。